少年キラレイ

 雨が。

 大雨が。

 大粒の雨が、雲の中で形成され地上へと降り注いでいる。

 落ちた雫が地面の水溜まりにぱしゃぱしゃと音を立て、周りの音を掻き消し、全ての景色の音が雨に支配されたみたいに。

 そんな雨の中、ぬかるんで滑りやすい山道をひたすら無言で進む少年が1人。

 傘もささず全身を濡れるがままにして、黒で統一されたコートとブーツという姿形。

 片手にはアタッシュケースを提げて。

 藍に染まった肩までの髪が束になり顔に纏わり付くのが鬱陶しいのか、それともぬかるんで滑りやすい山道が鬱陶しいのか、彼のその紫暗の瞳は煩わしそうに歪められていた。

 一際大きな水溜まりを踏みつけた時、少年の足が止まる。

「……」

 彼の視線を辿ればその先に見えるは、威風堂々とした風格と禍々しさを含んだ瀟洒な洋館。

 どうやら目指していた目的地のようで、止めていた歩みをまた進め出した。

 そうして近くで洋館を見上げる。

 いま彼の目の前にある黒光りした鉄の門扉は、ここへ訪れる者に最後の忠告をしているようだった。

 まるでこの門が引き返す最後の砦であり、ここから先に入る覚悟を決めるよう促しているかのようだ。常人ならばその異様な空気に呑まれ、尻込みをしてしまったかもしれない。

 しかし全身黒の烏のような彼は、全く気にならなかったようだ。そのままギイィイと軋んだ耳障りな音を鳴らして門扉を開け、奥にある洋館のドアへと足を運ぶ。

 途中ちらりと、地面に生える草むらの中に瞳を向けた。一瞬の刻が流れたがしかしすぐに視線を戻し、ドアに辿り着く。

 ドアノックには太陽と月の2つが掲げられている。

 この太陽と月が実に不気味で、太陽は怒りで歪み憎んでいるような顔をこちらに向けており、三日月の月はアルカイックスマイルを貼り付けた顔で、瞳だけをこちらに向けている。

 少年はアタッシュケースを一時下に置き、両方に手を掛け、ドアを叩いた。

「……頼まれたモノをお届けに参りました」

 一言、屋敷の中に潜む依頼人へと話しかける。

 ほんの数秒後、ドアが開き中から男が顔を覗かせた。

「お待ちしていました、マーメイドハート」

 青白く、うろんそうな半眼の瞳がこちらに丁寧に歓迎の挨拶を告げる。その男の身を包むは、黒の燕尾服。黄色いに近い小麦色の髪は短く、後ろは刈り上げられていてこざっぱりとしていた。

「お前、ここにもいたのか……。俺はマーメイドハートと呼ばれるのは好きではないんだが」

 少年の顔は笑いの形に歪んでいるが、その声の色に含まれるは嫌悪の音色。

「失礼をキラレイ君。中で主人がお待ちです。さあ、どうぞ」

 男は無を顔に貼り付けたまま、一切表情を変えずに淡々と、館に来る者へのマニュアル通りの挨拶言葉を述べた。



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