朽ちない日記~あたしの初恋と2ヶ月間~

 2月の終わり、まだまださむい冬の日……あのお兄さんはこの町にやってきた。

 いつも車いすのお姉さんをつれてて、お兄さんはお姉さんに話しかけてるけど、お姉さんは何もしゃべらず体をななめにしてるだけ。

 さいしょの内は、近所のおばさんたちがお兄さんにあいさつしたり、話しかけたりしてたけど、いつも何も言わずさっさと歩いていっちゃうから、だれも話しかけなくなった。

 そのかわり、お兄さんたちのうわさ話とかヒソヒソ話するのがおおくなった。(まぁ、きた時からうわさ話してたけど)

 お母さんにお兄さんに近づいちゃダメって言われたけど、あたしはすごく気になってしょうがなかった。

 だってあたしは、お兄さんをはじめて見た時ひとめぼれしちゃったんだもん。だから、お兄さんに話しかけてみたかったけど、チャンスがなくてなかなか話すことができなかった。

 そんなあたしがお兄さんと話せたのは、10月31日の町内のハロウィンまつりの時だった。

 この日は子供たちが近所のお家に、おかしをもらいに行く、あたしの大好きなおまつり。だからあたしは、お兄さんの家にもおかしを、もらいに行くことにした。

ようちゃん、やめようよぉ」

「行くったら行くのっ」

「でもわたし、お母さんにあの家に近づいちゃダメって言われてるしぃ」

「じゃああたし、ひとりで行くからいいよ」

 そう言って「陽ちゃーん」とよび止める友だちをおいて、お兄さんの家に歩いて行った。

 ピンポーンと、チャイムを押した。

 そわそわしながらまってたら、ドアが開いた。

「何……?」

 チェーンをかけてるのか、お兄さんはカオを少しだけ見せて言った。

「トリックオアトリートっ!」

 これは先生におしえてもらった、おかしをもらう時のじゅもん。おかしをくれなきゃ、いたずらするぞ! というイミなんだって。

「……西洋かぶれが」

 お兄さんは一言つぶやいて、ドアを閉めてしまった。

 あたしはいっしゅん、びっくりしたけど、

「おかしをくれなきゃ、いたずらするぞっ!」

「トリックオアトリートっ!」

 と、何回も言い続けた。このチャンスをにがしたら、お兄さんともう話せなくない気がしたから。

 まっていたら、急にドアが開いて

「うるさいな……これ、あげるから帰って」

 そう言ってお兄さんがくれたのは、のどあめ1こだった。

「えーのどあめじゃん。しかも1こ。もっとおいしいおかし、いっぱいくれなきゃ、いたずらするよ」

 あたしはつい、タメぐちをきいてしまっていた。

「面倒くさい……」

 そう言ってお兄さんはまた、ドアを閉めてしまった。





このできごとがあってから、あたしはお兄さんを見かけるたびに、話しかけるようになった。

「お兄さんっ!」

「……また君か」

「キミじゃないよっ、大太陽おおたよう! お兄さんおかしはー?」

「……ハロウィンは終わったよ」

「そ、そうだけど……お兄さんからちゃんとおかし、もらってないもんっ! もらえるまで、いたずら……というか、つきまとうからねっ」

「……うざったい」

 お兄さんは早足で、お姉さんの車いすをおしながら、行っちゃった。

「トリックオアトリートっ!」

 あたしはお兄さんのせなかに、むかって言った。

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