第17話 せせらぎの1日

「刑事の目は誤魔化せないぜ」

 きらりと光る萩尾の目に、雫はドキリとする。野生の獣のような目に、刑事とはこういうものなのかと緊張する。

 だがすぐに萩尾は表情を緩めて、

「まーったく、あんだけ危ない男だって言ってやったのになぁ」

 頭をぽりぽりと掻く。

「あの、その……」

 言いよどむ雫に萩尾は言う。

「しょーがねーなーもう。で? もうあの男とデキてんのか?」

 刑事の言葉に雫は心臓が跳ねた。

「えっと、あのその……」

「じゃあまだか? もうこんだけ惚れてんなら手遅れだし、くっついちまって、香奈が諦めるようになったら。と、思ったんだが」

 どうやら香奈が柏木を、諦めるように仕向けたかったらしい。あの香奈は、そんなことで諦めそうにないが。

「そんなハマってんなら、くっついちまえばいい」

 この前と逆なことを言う刑事に、どう答えたらいいのか困る雫に、肩を叩く人物が1人。

「雫さん、大丈夫ですか?」

 話題の本人、柏木であった。

「刑事さん、いい加減にして下さいと言ったはずですよ」

 「お前が怪しいからいけねーんだよ」

 柏木の言葉に根拠のない刑事の勘で話す萩尾。

「ご注文はどうなさいますか?」

 柏木が注文を聞けば、手を振り答える。

「いや、いい。今日は冷やかしと嬢ちゃんの心配だけだ。帰るわ」

 勝手にそう言って「じゃあな」と手を振り、帰ってしまった。

「困った人ですねえ……雫さん、何か嫌なことを言われませんでしたか?」

 雫の顔を覗き込んで尋ねる柏木に、「いえ、大丈夫です」と答えた雫だった。柏木の端正な顔にドキドキしたのを隠して。

 時計の針が8時を示す。やっとこの忙しい1日が幕を閉じる。

「皆さん、お疲れ様でした」

 柏木が、サービスの温かい紅茶を出してくれた。

「この一杯のために俺は働いている」

 秀人がふざけて言うのに「バーカ」と茜が笑って肩を叩く。

 それを見て笑う雫と柏木。ふと視線を感じて柏木を見れば、優しげな瞳で雫に笑いかけている。それに心臓の鼓動を抑え、雫も笑顔を返した。




「では皆さん、お気をつけて」

 柏木に見送られて3人は家へと歩いて帰る。秀人と茜が話し込む中、雫がふと後ろを振り返れば、まだ見ていた柏木が手を振ってくれた。雫も手を振って応える。そうして前を向き、2人と並んで歩いて行く。


 姫宮雫のバイト生活は忙しくも楽しい毎日で溢れ、彼女の人生を彩っていく。

 店主である柏木との関係を深めながら……。




 完


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