第1話 アロマ喫茶せせらぎ

「けど、お客さんすごかったですね。いつもあんなに来られるんですか? なにかお客さんが来るための、宣伝とかしているんですか? 常連さんの口コミとか?」

 雫が尋ねると、柏木は「ああ」と言って答えてくれた。

「店を構えているだけでは、お客様が来られなかったので、ネット販売をしているのですよ。それから、お店の方にも来て下さるお客様もいて、連日賑わっています」

 それを聞き、なるほどなと雫は思う。
 ネット販売なら、遠い場所に住む人でも買えるし、商品を使ってみてよかったら、お店にも来るだろう。でも多分……。

「こちらがホームページですよ」

 柏木は自分のスマホを操作して、せせらぎのネット販売のページを雫に見せてくれた。

 あ、やっぱり……。

 ホームページを見て、雫は納得がいった。ページの最初に店主からの言葉として、柏木の顔写真が載っていたのだ。

 柏木さん目当てで来る人が多いんだろうな……。

 そして同時に、そんな柏木目当ての女性たちが店員になりたがったんだろうな……とも思った。

「そうですか、ネット販売。確かに宣伝効果もありますし、遠くに住む人にも届けられていいですね!」

 雫は、せせらぎのホームページを一通り見て、スマホを柏木に返す。

「ええ、常連の方も沢山出来て、嬉しく思います」

 スマホを受け取り、画面を操作しながら柏木は微笑んで話した。

「あ、ごちそうさまでした」

 話している間に食べ終えたサンドイッチと、アップルティーのお礼を言い、雫は気になっていたことを話す。

「そういえば、アロマですけど、あれっていいですね! お客さんに説明していて覚えましたけど、ひとくちにアロマって言っても、安いフレグランスオイルやポプリオイルと、植物100パーセントの高い精油とあって、香りも色々違うんですね」

 聞いたことはあっても、いままで使ったことのないアロマオイルに興味を持った雫は、柏木に話してみた。

「そうですね、気軽に香りを楽しんで頂くなら、フレグランスオイルやポプリオイルがおすすめです。化粧水やお風呂に入れたりと、肌に直接使うなら精油がいいですね」

 柏木は説明をしながらふと思い立ち、
「少しお待ち頂けますか?」と言い残して、
雑貨のある部屋に消えて行った。

「お待たせしました」

 そう言って柏木がお盆に乗せて持って来たのは、数種類のアロマだった。

「フレグランスオイルと精油、それぞれ持ってきてみました」

 カウンターの上に置き、それぞれの説明をしてくれる。

「フレグランスオイルはラベンダー、レモンを。精油はジャスミンとペパーミントを。是非、香りを試してみて下さい」

 雫は香りのテスターを、試してみる。

「わあ、どれもいい香りですね。フローラルなラベンダーとジャスミンもいいし、ハーブのペパーミント、柑橘系のレモンもいい香りです」

 喜ぶ雫に、柏木は続けた。

「香りを楽しむだけなら、フレグランスオイルやポプリオイルで、ディフューザーを使ってみてもいいですし、コップにお湯を張って数滴垂らして楽しんでもいいですね」

 雫は話を聞きながら、メモを取る。お客さんにちゃんと説明出来るように、なりたいからだ。

「精油は肌へ直接使えますから……といっても、そのままでは刺激が強いので、専用の物で薄めてから、お風呂の浴槽に入れたり、化粧水やハンドクリーム、それにスプレータイプを作って寝室のアロマや、虫除けスプレーにも出来ますよ」

 精油は値段が高いだけあって、かなり使い道があるようだ。

「瞑想やヨガにも使われるお客様もおりますよ」

 知れば知るほど、アロマの世界は奥が深いようだった。

「おや、話していたらもうこんな時間なんですね。午後もよろしくお願いしますね」

 メモを書き終えて、雫も午後の準備をする。


 アロマ喫茶せせらぎは午後も大賑わいで、雫はお客さんを捌くのが大変だった。

 こうして怒濤の初日が幕を閉じた。

「また明日もよろしくお願いしますね。夜道にお気を付けて」

 夜9時。

 店主柏木に見送られながら、雫は家までの道を歩いて帰る。前のバイト先は、バス一本乗って通っていたが、せせらぎは歩いて家まで帰れるので、助かった。夜遅くても歩いて15分で帰れるからだ。

 けど……。

 雫は今日一日を振り返って困ったことがひとつ。わかってはいたが、店主柏木のモテモテぶりだった。

 雫もいるのに、柏木に話を聞きたがるお客さんの多かったこと。確か最初に、自分が店先にいると、お客さんが遠慮するって、言ってなかっただろうか……と、首を捻る雫。

 やはり緊張しながらも、柏木と話したいお客さん、柏木目当てのお客さんが多いのだろう。

 柏木の周りにはすぐに人だかりが出来て、お客さんを誘導出来ず、店は一時混乱した。おかげで今日は、1時間残業。

 柏木は申し訳なさそうに謝っていたが、彼
1人だった時はきっと、今日よりもすごかったのだろう。

「毎日あんな感じか……柏木さんも大変だな」

 彼の苦悩を思いつつ、雫は明日をどう乗り切るかを考えていた。




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