第9話 初デート

 映画を観た後2人は、複合施設内にある喫茶店でお茶をしていた。

 話題はもちろん、さっき観た映画。

 ヴァンパイアと人間の恋物語は、三角関係ならぬ四角関係の一方通行の恋物語だった。その結末はやはり悲劇に終わる。
 恋に身を焦がし悲しみにくれたヴァンパイアは、自ら太陽の光を浴びて灰になり散っていく。そうしてエンドロールが流れたのだった。

「人間の女の子とくっついて欲しかったです……」

 チョコレートモンブランを食べながら、雫は肩を落とす。

「そうですね。大体のロマンスホラーは悲恋で終わってしまいますから……」

 柏木がよしよしと雫の頭を撫でる。

「もし柏木さんがヴァンパイアなら、どうしました?」

 何の気なしに雫が柏木に尋ねてみる。

「私が……ですか? そうですねぇ……相手がもし雫さんなら……」

「私なら?」

 柏木が妖艶な笑みを浮かべ、囁く。

「攫って一族に迎え、じっくりと時間をかけて口説きますね」

 その言葉に雫は想像した。

 柏木が怖がり続ける雫に愛を囁き、宥めすかして愛の檻に閉じ込める様を。

「私だったら……堕ちちゃっています」

 雫が話すと、柏木は優しく微笑み答える。

「堕ちてくれないと困りますね……でないと、独り善がりな愛になってしまいますから……」

 柏木はコーヒーを飲みカップをソーサーに置く。ひとつひとつの所作が美しい。こんな美しいヴァンパイアなら、毎日血を吸われても構わないかもしれない。

 雫は柏木に見惚れて、動きが止まっていた。

「雫さん……?」

 柏木の声にはっとして、慌ててチョコレートモンブランの最後の一口を食べた。

「このあとはもう2件くらい喫茶店を巡ってから、ショッピングなどを楽しもうと思っているのですが、どうですか?」

 柏木の問いに雫はすぐに頷いた。

 こうして柏木と2人、喫茶店巡りをしてショッピングを楽しんだ。
 2件目の喫茶店は台湾より上陸した有名ケーキを食べて、せせらぎの店でも出来ないか、柏木は思案していた。
 3件目はオシャレなオープンカフェで、ランチを食べる。
 最後にショッピングを楽しみ、柏木は雫の欲しい物を買ってくれた。

「あの、悪いですっ……」

 遠慮する雫に、ブランド物の蝶々をモチーフにしたイヤリングを買ってくれたのだ。

「大事にしますね」

 つけていたイヤリングを外し、さっそく買ってもらったイヤリングに変える雫に、柏木は嬉しそうに微笑んだ。

 そうして夕方。

 家まで送るという柏木に、雫は首を振って反対した。

「ここで、ここでいいですからっ」

「なぜですか?」

 首を傾げる柏木に、雫は言う。

「もしお客さんに一緒にいる所を見られたら、私殺されちゃいますからっ」

 必死の雫に、クスクス笑って柏木が否定する。

「そんな物騒な……」

「柏木さんのファンは物騒なんですっ」

 常連客の香奈に見つかったら、頬を叩かれるだけでは済まない。想像して青ざめる雫。

「そうですか……残念です」

 柏木が淋しそうな顔で雫を見る。

 そんな顔で見られたら、きゅんとしてしまう。私だって、送ってもらって自宅に上がってもらってまだまだ一緒にいたい……。

 そんな気持ちをぐっと堪えて、雫は柏木に言った。

「あの、今日は本当にありがとうございました」

 柏木にプレゼントされたイヤリングを揺らしながら、雫が礼を述べる。

「いえ、私の方こそ、ありがとうございます」

 柏木も嬉しそうに笑って話す。

「じゃあまた明日。せせらぎで……」

 雫がさよならを言って帰ろうとすると、

「雫さん」

 柏木の声が雫を呼び止める。

 振り返った雫に柏木が言う。

「忘れ物です」

 その言葉に『忘れ物なんてしただろうか?』と思う雫に、柏木は近づき、そして……。

「!!」

 雫に優しくキスをした……人が行き交う駅のホームで……。

 人々が雫と柏木を見ながら、通り過ぎて行く。

「雫さん、愛してますよ」

 唇を離した柏木が、雫の耳元で囁く。ドキドキしながら雫も、その想いに応える。

「私も、好き……です」

 頬を真っ赤に染めて想いを伝える雫。柏木を見上げると、優しげな瞳とかち合う。

「帰り道にお気をつけて……」

 雫の頭を撫でる柏木。

「はい、ありがとうございます」

 別れるのは名残惜しく感じたが、雫は柏木に手を振って、家へと帰って行った。

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 夜の9時過ぎ。

 雫はスマホに取った今日の写真を見ながら、柏木とのデートを回想する。

 デートプランを立ててエスコートしてくれた柏木は、常に雫に合わせて歩いてくれた。繫いだその手は男性にしては長く細く綺麗な指で、雫の手を温かく包んでくれた。
 映画も雫の趣味に合わせてくれて、喫茶店巡りもショッピングも楽しかった。

 今日のデートを反芻しながら、雫は幸せな気分に浸る。

 デートをした記念のイヤリングが、雫の耳元で揺れていた。





 完


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