第8話 柏木からのお誘い

 今日は柏木と、2人きりで仕事の出来る土曜日だ。雫はいつものように、動きやすい格好に着替える。

 土曜日の今日はネット販売の注文を手伝う仕事なので、店は閉めてお客さんも来ない。そのため私服で働くことが出来、動きやすい服装にする。

 着替えた雫は荷物を持って、家から歩いて15分の店に向かう。

 土曜出勤がある雫には店の合鍵が渡されており、その鍵で店のドアを開ける。喫茶店側の鍵でドアを開けて中に入ると、すぐにパソコンを叩いている柏木が目に入る。

「おはようございます、柏木さん」

「ああ、雫さん。おはようございます」

 柏木もすぐパソコンの手を止めて、挨拶を返してくれる。

 ふと雫が柏木の座るテーブル席を見ると、一冊の本が置いてあった。

「あ、これ懐かしいー」

 雫が本を手に取って声を上げると、柏木が微笑んで聞いてきた。

「雫さんも読んだことがあるのですか?」

「はい、子供の頃読んで楽しかった記憶があります」

 柏木の問いに本をぱらぱらめくりながら、雫は答える。

 その本というのは『3つの扉』という児童書。物語は少年が妖精の国、獣の国、怪物の国、それぞれに繋がる3つの扉を行き来し、世界を救う冒険ファンタジーだ。

「でも私これ、途中までしか読んでないんですよ。子供の頃、妖精の国のお姫様を救う所で、ヒロインが死んじゃってショックで……」

「そうなのですか。確かにあれは衝撃的でしたね」

「柏木さんは全部、読んだんですか?」

「ええ読みました。今日は割と時間があって、少し読み返していた所です」

「そうなんですかー」

 柏木は全て読破したようで、雫は尋ねてみることにした。

「あの、ヒロインが死んじゃった後って、どうなるんですか?」

 尋ねる雫に柏木が、

「……言ってもよろしいのですか?」

 と、問いかける。

「もう読まないのですか?」

 重ねて問う柏木に雫は、 

「うーん、読みたいですけど、全巻揃えるのは大変だし……」

 と言いよどむ。

 すると柏木が提案した。

「私の部屋に全巻ありますから、借りて行ってはいかがですか?」

「え、あ、いいんですか?」

「構いませんよ」

「ええーっ、ありがとうございますっ」

 柏木の提案に雫は喜んで頷き『3つの扉』を借りることになった。

「あ、すみません。仕事に来たのに……」

 慌てて雫は荷物をカウンター席に置いて、仕事を始める。仕事は前よりだいぶ楽になっていて、ハンディを導入したことが、大きかった。これにより品物の入れ忘れや、お客さん間違えがないので、最後にする品物確認とお客さん確認が省けている。

 雫は手慣れた様子でハンディを操作し、雑貨店から品物を集めていく。そうしてダンボールに梱包し、お客さんの宛名が書かれた紙を貼っていく。今日は注文がいつもより少なかったようで、午後の3時に仕事を終えた。

「えっとじゃあ、本借りていきます。ありがとうございます」

 雫は柏木に礼を言って、本を借りることにした。




 そして月曜日の昼食時。

「今日はこちらをどうぞ」

 柏木が出してくれたまかないは、3段重ねのパンケーキ。上にはホイップクリームとメープルがたっぷりとかけられ、チョコレート細工の細かなアートが乗っている。そして飲み物は、ラテアートの施されたキャラメラテ。

「すごい、すごいよ店長!」

「職人じゃん!」

 茜と秀人が歓声を上げる。

「あ、これって……」

 雫がパンケーキのチョコレート細工を見て、声を上げる。

「もしかして3つの扉のイメージですか?」

「ええ。この間、本を参考に作ってみました」

 そのチョコレート細工は、立体の妖精、獣、怪物がホイップクリームに支えられるように立てかけており、後ろにはちゃんと3つの扉がある。

「食べるの、もったいなーい」

「でもいただくぜっ」

 茜と秀人が食べ始め、雫は柏木に聞いてみる。

「もしかして、このために本を読んでいたんですか?」

「ええ」と頷いて柏木はカウンター越し、雫に顔を寄せて、

「雫さんはこういうのがお好きかと思いまして」

 声を落として囁く。

 耳まで真っ赤になる雫に、

「なになにー? 内緒話ー?」

「もしかして、エロ話?」

 茜と秀人がからかってくる。

 慌てた雫は、会話を誤魔化すように、この間借りた本の話をし出す。

「あ、そういえばこの間借りた本、ありがとうございました」

 雫が礼を言うと、柏木が笑って聞く。

「面白かったですか?」

「はい。児童書といっても、世界的ベストセラーになったものですし、読み応えがあります。なにより懐かしいです」

 2人が話していると、茜が聞いてくる。

「なになに。姫宮、店長に本借りたのー?」

「うん、そうなの」

 興味津々の茜に答え、雫は本の内容を話す。

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