第10話 風邪

 そうして柏木に薬を飲ませて寝かせた。彼が食べ終えた食器を洗おうと、一階の喫茶店まで降りる。すると、パソコンが開いたままやりかけの仕事が、残っていた。雫は食器を洗ってから、柏木の負担を減らそうと仕事を手伝うことにした。

 パソコン仕事は出来ないが、伝票が何枚か出ていたので、いつもの土曜日のように商品を集めてダンボールに梱包し、配達の準備をする。数枚しか伝票はなかったので、数時間で作業は終わった。

 そうして雫は思う。こんな時のために今度、パソコンのやり方を柏木に習っておこう、と。

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 気になって、柏木のいる部屋を覗くことにした雫。そっと襖を開けると、柏木が身体を起こしており、ハムスターと遊んでいた。

「柏木さん、寝てないと」

 慌てる雫に柏木は、

「ずっと寝ているのも、疲れますからね」

 そうにっこりと笑った。

「そうですけど……」

 まだまだ辛そうな表情をしている柏木。だが、ハムスターと遊ぶ柏木は、いつも通りの穏やかな雰囲気が出ていた。さっきまでの息を切らす感じはしない。

「ちょっとはよくなったんですね」

 ホッと胸をなで下ろした雫に、柏木はハムスターをなでながら話す。

「ええ。雫さんの愛情がこもったお粥のおかげですね」

 そんな風にからかう元気も出たようだ。ハムスターをケージに戻す柏木を見ながら、雫は「よかった」と思う。









「今日は、ずっと傍に……いてくれるのですか?」

 唐突に柏木は、雫の瞳を見つめながら問う。

「はい、心配ですからっ!」

 勢いよく言ってから雫は「あれ?」と思った。

 男性の家にしかも独り身の人の自宅で一晩泊まるというのは、大丈夫なんだろうか……? そもそも恋人でもない男性の家に押しかけている自分とは一体……。

 雫はいまの自分の状況を整理しようとしたが、柏木の視線を受けて彼をハッとして見る。いつもの穏やかで優しい笑みはなりを潜め、妖艶で大人の色香と熱が混じり合った微笑みを、こちらに向けていた。

「嬉しいですよ、雫さん。今日は一晩中2人っきりで過ごせるのですね……」

「私、やっぱり……」と否定する間を与えず、柏木が決定づけるように言葉を繋いだ。

 雫は柏木の視線を受けながら「柏木さんはそんなことない……よね? いつもみたく、からかってるだけだよね?」と、自問自答する。

「今日の晩御飯、頂くのが楽しみですね……」

 柏木の言葉に、どちらの意味だろう……と、不安になりながら雫は、柏木とドキドキの一夜を過ごすのだった……。




 完

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