第10話 風邪

 ある日曜日。

 明日からまた柏木さんに逢えるな、楽しみ。

 雫はウキウキとしながら家でスマホを使い、ネットショッピングをしていた。だがしかし、そこではたと雫は気付いた。

 あ、土曜日せせらぎに財布忘れてきちゃったんだ……。

 カード引き落としで買おうとしていたのに、肝心のクレジットカードが忘れた財布の中だったのだ。

 慌てて柏木にメールをして、いまから店に行っていいか聞いた。するとすぐに返事がきて「いいですよ」と了承してくれた。

 そうして朝の9時。雫は慌てて着替えてせせらぎへと向かった。

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「すみません、柏木さん」

 せせらぎの扉を開けてくれた柏木に第一声、頭を下げて謝る。

「構いませんよ」

 頭を上げると、マスク姿の柏木が目に映った。

「え、あ、風邪引いたんですか?」

「ええ、まあ。大したことはないのですが」

 そう話す柏木は、話すのも辛そうだ。

「ああ、そうだ。あとでメールをしようとしていたのですが、明日は午後3時から店を開けるので、よろしくお願いします」

「そんな辛い状態で、大丈夫なんですか?」

 心配する雫に「眠れば治ります」と柏木は笑って答える。

「お財布が、どの辺りにあるのか私ではわからないので、どうぞ中に入って下さい」

 柏木に言われて雫は、せせらぎの店内へと入って行った。

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 二階に上がっていつもの荷物を置く辺りに、財布はあった。柏木は二階には来ず何をしているんだろうと、雫が一階に行くと、柏木は喫茶店にいた。

 辛そうな疲れた表情で、パソコンに向かっている。

「柏木さんっ、何をしているんですかっ」

「雫さん。ああ、ネット販売の方の整理をしてまして……」

 キーを叩きながら仕事をする柏木に、雫は彼の身体を引っ張った。

「だめですよ、そんな辛そうなのに。今日は寝て下さいっ」

「ですが……」

 有無を言わさずに柏木の身体を押して、雫は二階の部屋へと連れて行く。

「寝室はどちらですか?」

「ハムスターさんのいる部屋です……」

 あの文机がある部屋へと入り、押し入れを開けさせてもらう。中には一式の布団が入っていたので敷いて、柏木に横になってもらった。ハムスターが一生懸命、回し車を回していた。

「柏木さんはここで寝て下さい。体温計は?」

「あちらの部屋のタンスの中です……」

 雫の声に掠れた声の柏木が、返事をする。雫はすぐ隣りの部屋に行き、体温計を持ってきた。計らせると、38.5度で高熱だった。

「なんか、色々と必要ですね……私、買い出しに行って来ます。いいですか、私が戻るまで布団でじっとしていて下さいね」

 柏木に念を押して、雫はせせらぎの店を出て行く。

 熱冷ましと風邪薬、あとお粥を作った方がいいかもしれない……ミネラルウォーターと食べやすいゼリーとかプリンとかも買おう……。

 雫はスーパーでカゴに必要な物を入れていき、会計を済ませた。

 柏木が心配で慌てて買い物を終え、雫はすぐにせせらぎへと帰って来た。二階に上がると、柏木は雫の言う通りに大人しく寝ていた。

「おでこに貼っておきますね。あとミネラルウォーターで、喉を潤して下さい」

「ありがとうございます……」

 はあはあと息をする柏木の額に、熱冷ましを貼りまたマスクを外しているように言う。

「息がしづらいなら、マスク外した方がいいですよ」

「雫さんに移ってはいけませんから……」

「私は丈夫ですから、大丈夫です」

 柏木に促して、マスクを外させた。横になり、息を乱して頬を染める柏木は、とても官能的で雫はドキリとした。そんな表情の瞳に見つめられるのが耐えられず、雫は逃げるように「お粥、作ってきます」と言って、二階を後にした。

 喫茶店の台所を借り、買ってきた物で手早くお粥を作る。

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「お待たせしました」

 雫がお粥を作って二階に持ってくると、柏木が身体を布団の中で起こした。

「食欲がないかもしれないですけど、薬を飲むために食べて下さいね」

「雫さんの手作りですか? 嬉しいですね……」

 雫からお皿とスプーンを受け取り、柏木はふうふうしながらお粥を食べる。

「ほんのり塩味が効いて美味しいですよ」

「そんな、柏木さんの料理に比べたら……」

 嬉しそうに話す柏木に雫は頭を振る。柏木は本当に線が細い。雫は早く元気になって欲しいと、柏木を見つめてしまった。

「大丈夫、すぐよくなりますから……」

 雫の視線を受けて、柏木が彼女の頭をよしよしと撫でる。なんだか、その手の動きにも力がない。

「柏木さん……」

「大丈夫、大丈夫ですよ」

 にこにこと笑って、雫を元気づけてくれる。雫が柏木を元気づけてなくてはならないのに、逆に励まされてしまった。



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