第7話 はかない恋の物語

「どうか、私の想いを叶えて下さい……」

 柏木の端正な顔が近づく。あと数センチ、柏木との距離がゼロになる時……。







「ふふっ」

 柏木が吐息で笑う。そしてぱっと顔を離した。

「どうでしたか、雫さん? きゅんときましたか?」

 柏木は優しく微笑んで、雫の手を離した。

「あっ……も、もう! からかわないでくださいっ!」

 キスされちゃうかと思った……。けれどキスをされても雫は、抵抗しなかっただろう。

 あの柏木の悲しみを秘めた瞳、涼やかな甘い声から紡がれる求愛の言葉、イランイランの香り……。

「本当に、もう……。柏木さん、俳優になればよかったんじゃないんですか?」

 雫が照れ隠しに、少しぶっきらぼうな口調で話す。

「俳優……そんな、なれませんよ私は」

 そう笑う柏木に『その美貌と演技力ならなれますよっ!』と、心で突っ込む雫。

「楽しんで頂けたようで、なによりですよ」

 柏木が微笑んで、雫の髪を撫でた。

「柏木さん、ズルいです」

 まだ心臓をドキドキさせながら、雫は思う。

 もし、もしも柏木が殺人犯だったら……私はその愛を受け入れるだろうか……と。

 あんな表情で声で愛を囁かれたら……私はきっと、捕まってしまうだろう。

 既に手遅れなほど彼に惹かれている私は、心を奪われてしまっているのだから。

 柏木に優しく見つめられながら雫は、盲目的な恋に堕ちていくのを感じた。




 完

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