第7話 はかない恋の物語

「雫さんはロマンスホラーが、お好きなのですね」

 話を聞いていた柏木が、会話に加わる。

「ロマンスホラー?」

「なんですか、それ」

 不思議そうな2人に、柏木が説明をする。

「そうですね、例えばヴァンパイアとの禁断の恋や、人外との恋愛、もしくは今回のように殺人犯との恋とか……恋愛とホラーを併せ持った物語のことですね」

 柏木の話を聞いて、茜が反応する。

「ヤバいじゃないですかっ! ちょっと姫宮、めぇ覚まさないとっ!」

 茜が軽くぺちぺちと、隣りの雫の頬を叩く。

「ストーカーとかヤバいんだからねっ! それが殺人犯とか……ない、絶対ないわっ」

「そ、そうだね」

 茜が収まりそうにないので、雫はうんうんと頷き、落ち着かせた。

 そうして昼休みは終わり、午後の部が開店した。

「綾女さぁーんっ」

 いつもの甘ったるい声と共に、香奈が来店する。どかりとカウンター席に陣取り、

「ナポリタン、作ってぇー」

 直におねだりする。

 荷物を席の下にあるカゴに入れず、隣りの席に置くので、お客さんの席がひとつ多く埋まる。

 そんな香奈だが、香奈がいる時に柏木と話したりしなければ、大人しいお客様である。

 『柏木は自分のもの』と思っているので、自分以外の女性の相手をするのは、許せない。なので、怒らせないように、帰るまでそっとしておくのが正解だ。

 店内で香奈の声が響く中、茜と雫は忙しく立ち回り、柏木は香奈の相手をしながら、料理をするのだった。





「今日もお疲れ様でした。暗いので、お気をつけて」

 今日も無事に仕事を終えて、柏木に見送られる。雫は茜と2人、歩きながら話をする。

「けど、ホント姫宮は心配だわー。悪い男っていっぱいいるからね、しっかりするんだよっ!」

 茜はまだ、心配しているようだ。

「大丈夫だよ」

 茜を安心させるように笑って、肯定する。

「あーもう。桐絵ちゃんが心配するのがわかるわー」

 雫の友人、藤巻桐絵を持ち出しさらに念を押す。

「とにかくね、簡単にぽーっとなっちゃダメだよっ!」

 茜に念を押され、雫は頷くしかなかった。






 土曜日。

 雫にとってドキドキする、柏木と2人っきりの仕事の日だ。

「おはようございます、雫さん」

 柏木と挨拶を交わす最初の一声。涼やかで甘い声が、雫の耳をくすぐる。

「今日もよろしくお願いしますね」

「は、はいっ」

 ドキドキしながら、柏木の方を見る。パソコンを打ち込み仕事をする柏木は、いつだって出来る男だ。料理をする姿も、にこやかに接客する姿も、どんな柏木もつい目で追ってしまう。

「雫さん……?」

 柏木に声をかけられ、はっとする。

「あっ、すみません。仕事、始めますっ」

 じっと柏木を見てしまっていたようだ。雫は慌てて仕事にかかった。




 いつものように、一段落着いた午後2時。
柏木がランチを作ってくれる。

「はい、どうぞ」

 今日はたらこスパゲッティとアイスティー。生クリームをたっぷりと使った新鮮
たらこのパスタは、雫のお腹を満たしてくれた。

「美味しかったです、ごちそうさまでした」

 雫がごちそうさまを言い、食器を柏木に渡す。そこへ、柏木が話を振った。

「そういえば私も『はかない恋の物語』を最初から観てみました」

 スマホの再放送で最新話まで観たという柏木は、微笑んで雫に話す。

「そうなんですか! どうでしたか?」

「なかなか面白いドラマですね。殺人犯の男の過去も壮絶で、それゆえにヒロインに救いを求めるのも、仕方ないのかもしれませんね」

「そう、そうなんです! 特にあの第6話、君だけしかボクを救えない。あの時のセリフが
ちょっときゅんときちゃって……」

 雫は茜の前では出せなかったはしゃぎ具合で話をする。それを見て柏木は微笑んでこう口にした。

「……ではちょっと、やってみましょうか?」

「えっ?」

 雫がぽかんとする中、柏木はあのセリフを語り始める。




「……雫さん、私は数々の人を殺めてきました……この手は血に染まっています……ですが……」

 柏木が雫の座るカウンター席へと回り込んで、彼女の近くに来る。

「あ、あの、柏木さん……」

「私のこの殺戮衝動も、貴女の愛があれば治まる気がするのです……どうか、どうか私の愛を受け入れて下さい」

 雫の手を取り、柏木が懇願する。

「愛しています、雫さん……」

「柏木、さん……」

 雫の瞳を覗き込み、柏木が囁く。


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