第7話 はかない恋の物語

 その日『アロマ喫茶せせらぎ』は、秀人が
風邪で休んだので、喫茶店のみを開けていた。
いままでパスタ屋さんで働いて来たので、茜と雫はすぐに慣れていった。

 茜がお客さん対応、注文取りをして、雫がお皿を運んだり下げたりを基本にして、忙しく立ち回る。

「雫さん、薬膳粥と7種のスープ、お願いします」

 柏木が料理が出来上がったことを告げて、雫が取りに行く。

「ありがとうございます」

 雫がお盆に乗せ、お客さんに運んで行く。喫茶店は、カップルに親子連れ、友人同士にママ友同士など、色々な組み合わせの人々が、ひっきりなしに訪れる。

 なので、お客さんは喫茶店が混んでいると、名前を記入して雑貨店の方を見て暇つぶしをしたりするのだが、今日は閉まっているので、待っているお客さんでいっぱいだった。

「やばい、やばい。ううー、あのカップル、いつまでいるんだー」

 茜が小声で呟くのが聞こえ、雫も長く居座るお客さんには困っていた。

 でもなにより1番困ったのは……

「ええ、今日は雑貨店の方はお休みでして」

「残念ー」

「明日は開くの?」

 カウンター越し、柏木といつまでも話すお客さんだった。

 ご飯を食べ終わっても、柏木と話したいがために、もう2時間も居座っている。

「店長目当てなのは、わかるけどさっ……!」

 茜が苛立つのもわかるが、この店の客半分が、柏木目当てなのだ。

 雫は仕方がないと思いつつ、相手をする柏木には同情した。モテるというのは大変なことなんだと、雫は柏木をちらりと見て思った。



 そんなこんなで午前の部は、あっという間に過ぎていき、待っていたお客さんには「申し訳ありません」と謝って、1時間の昼休みとなった。


「うおー、つかれたー」

 昼休みになり、茜がカウンター席で顔を俯かせた。

「大変でしたね。お疲れ様です」

 柏木が手早く、茜と雫の2人分のまかないを作っていく。

「お待たせしました」

 2人の前に出されたのは、キーマカレーと香ばしいやかんの麦茶。

「お腹空いたー。いただきまーす」

「いただきます」

 茜は言うなりがっついて食べ、雫もカレーを口に運んでいく。

 スパイシーな香りが食欲をそそり、本格的な香辛料を使ったカレーは、とても美味しい。

 あまりにもお腹が空いていたのだろう、茜はあっという間に食べ終えて、麦茶をぐびぐび飲んで息をつく。

「ハァー、生き返ったわー」

「お客さん、すごかったもんね」

 茜の言葉に、雫が相づちを打つ。

「ホントホント。あのカップルと店長目当ての客には、イラっときたわー」

 茜が鼻息をふんふんさせて怒る。

「すみません、毎日大変な思いをさせてますね」

 柏木が謝ると、

「店長のせいじゃないよ」

 茜はひらひらと手を振る。

「しょうがないよ。柏木さん目当ての人達は沢山いるし、その人たちのおかげでもあるんだから」

 雫が宥めにかかる。

「そうだけどさっ、2時間も居座るなんて……香奈様ならともかく」

 常連客の香奈は例外のようだ。それもそうだろう、いつも沢山の商品を買い込む香奈は、上得意様なのだから。

「今日はデザートをおつけしますので……」

 柏木が冷蔵庫から、ミルクプリンを取り出した。

「わあーマジっ! 店長、ありがとー!」

 茜の機嫌は直ったようだ。

「雫さんの分は、食後に出しますね」

 柏木が雫に声をかける。

「あ、ありがとうございます」

 雫はキーマカレーを食べながら返事をした。そして、ミルクプリンを食べつつ、茜が話題を雫に振る。

「そーいやさー姫宮、アンタ『はかない恋の物語』って、観てる?」

「あ、観てる、観てる!」

 茜の話に雫は頷く。

「あれいいよねー」

「あれ怖いよねー」

 雫と茜、正反対の意見で声が重なる。

「えっ?」

「えっ?」

 お互いに見合って、疑問符を頭に浮かべる。

「いや、怖いでしょあれは」

「そ、そう? いいと思うんだけど……ドキドキして」

「違う意味でドキドキだわっ」

 割れる2つの意見を前に柏木が、「どんな話なのですか?」と尋ねる。

「あ、えっとねー、殺人犯の男が、好きになった女性に求愛する物語なんですけど、この男が怖いのなんのって! 愛されても怖いだけだからっ」

 そう説明をして、拒絶反応を示す茜に対して、

「確かに怖いけど……殺人犯の男も可哀想になってくるし、人生も生き方も壮絶で……ちょっとあのセリフには、きゅんとしちゃった」

 雫は殺人犯の男に対し、同情的らしくちょっと、ときめくらしい。

「アンタ、あれはれっきとした殺人犯なんだよっ! 確かに演じてる俳優はカッコイイけど、騙されちゃだめっ!!」

 茜が激しくダメ出しをする。

「え、あ、うん」

「もうやだーこの子。悪い男に引っかかりそーで、心配になっちゃう」

 茜が雫を見て、頭を抱えた。

1/3ページ
スキ