第5話 藤巻桐絵

「確かにいいお店ね……」

 桐絵は周りを見回しながら、オレンジ色の温かな照明の中、商品を手に取ってじっと見る。

「桐絵の好きな香りもあるかも。これとかどうかな? お線香代わりに部屋で焚くと、いいと思うよ」

「確かにいい香りね……」

 雫は店員らしく、桐絵に商品を勧める。そこへ最後のお客さんのレジを見守り終えた茜も来た。

「ちぃーすっ」

「あら、雫の前のバイトの人……」

「茜です。お久しぶり。元気?」

「ええ、あなたも元気そう……」

 パスタ屋さんで働いていた時、店にしょっちゅう出入りしていた桐絵は、茜にとって顔馴染みのお客さんだった。

「じゃあ、この2つを頂くわ……」

「ありがとうございます」

 桐絵はやはりお香が気に入ったようで、シナモンとラベンダーの香りを買っていた。

「ところで、柏木さんというのは……」

 この店に来た1番の理由、店主のことを尋ねる桐絵。

「あ、喫茶店の方にいるよ」

 茜と雫、2人で桐絵を喫茶店と繋がっている通路を通り案内した。

 行くと喫茶店の方もすっかり落ち着いていた。テーブル席で食事をするお客さんは4人で、柏木と秀人は食器の片付けをしている。

 そんな中で柏木を見つけた途端、桐絵はスッと真っ直ぐに彼の元へと歩いていった。

「あなたが柏木さん、ね?」

 声をかけられて、食器を片付けている最中だった柏木が、振り向く。

「こんばんは。わたし、雫の友達の藤巻桐絵です……」

 続けて挨拶の言葉を紡ぐ桐絵に、柏木はすぐに微笑みを浮かべた。

「おや、初めまして。私はこの店の主の柏木綾女と申します」

 片付けている手を止めて、柏木は頭を下げる。

「……」

 桐絵はじっと柏木を見る。柏木は微笑んでその視線に応える。

 そこへ、

「お、桐絵ちゃんじゃん」

 食器を拭いていた秀人が割り込んできた。秀人も桐絵と面識があり、気軽に声をかける。

「こんばんは……」

 桐絵が挨拶を返し、それからカウンター席へと座る。

「雫、メニューのおすすめって……ある?」

 カウンターに置いてあるメニュー表をパラパラとめくりつつ、桐絵は尋ねる。

「そうだね。柏木さんの作る料理は、どれも美味しいから全部おすすめ。今日のまかないで食べた、ビーフシチューも美味しかったなー」

「じゃあ、それにするわ……」

 雫の話を聞き、メニュー表を閉じて決めた桐絵。

「では、ビーフシチューを作りますね」

 にこりと微笑んだまま、たすき掛けをした姿の柏木が、料理へと取りかかる。

「じゃあ、片付けがあるから」

 桐絵に声をかけて雫は、茜と2人雑貨店の掃除や後片付けに行く。秀人も、喫茶店の方の片付けを始めていた。

 カウンター席、柏木さんを前にして桐絵、なにを話すんだろう……。

 少し気になったが、仕事はサボれないので、雫はせっせと棚を拭いたり、お香の灰を片付けたりした。



 そして夜の8時。

 閉店の時間となった。秀人と茜が来てからというもの、営業時間内でちゃんと店を終えることが出来ている。

 会計を済ませた桐絵は、

「待っているから、一緒に帰りましょ」

 と声をかけ、雫が着替え終わるのを待っていた。

「桐絵、お待たせー」

 雫が慌てて一階へと降りると、柏木と桐絵がなにやら話を終えた所だった。

「あの、桐絵。なにかあったの?」

 尋ねる雫に柏木が言葉を引き取って、

「なんでもありませんよ」
 
 と、言って会話の内容を教えてくれない。

「雫さんはよいご友人をお持ちですね」

 柏木は愉快そうに話したが、桐絵の方は黙って柏木を見ている。

 そうしている間に、秀人と茜も着替え終えて、二階から一階へと降りてきた。

「じゃ、帰ろー」

 4人集まって一緒に帰ることになった。

「皆さん、夜も遅いのでお気をつけて」

 柏木の声に送られるいつもの帰り。4人は夜道を並んで、話をしながら歩いて行く。

「けど、桐絵ちゃんは相変わらず奇抜な格好してんなー」

「ふつうですよ……」

 秀人が桐絵に話を振り、その言葉に平然と返す桐絵。そして桐絵は秀人と茜に、話を切り出した。

「あの、お二人から見て、柏木さんってどんな感じですか……?」

 桐絵の質問に2人は声を揃えて「優しいよ」と言う。

「いい人だし、料理はうまいし、気遣い出来るし、あたしはいい店長を持ったなーと思ったね」

「けっこうサービスもしてくれるよな。仕事終わりにお茶一杯おごってくれたり、なんか買うとたまに、おまけつけてくれるし」

 2人それぞれ、柏木のいいところをあげる。

「ふぅーん、そうなんですか……じゃあ男性としては?」

 桐絵は、1番聞いて見たかったであろうことを口にする。

「そりゃいい男でしょー。身長高くてイケメンだし、優しいわ、気遣い出来るわ、料理出来るわで、結婚したらちゃんと家事育児手伝ってくれそー」

 茜の言葉に、秀人がうんうんと頷く。

「俺が女なら、結婚申し込んでるわ」

 秀人が自分の身体を両手で抱きしめて「アナタと結婚したいわ」と口を突き出しおどけている。

 そこへ茜が笑いながら突っ込みを入れて、2人ゲラゲラと笑っている。

 そのまま2人が話し込み始めたのを見て、桐絵は雫に話をする。

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