第1話 アロマ喫茶せせらぎ
彼女の名前は、姫宮雫 。一人暮らしの20歳。フリーターである。
彼女は、高校生の時に両親が船の事故で亡くなったので、大学には行かずにずっとフリーターで働いている。
けれど、高校生の頃から働いていたパスタ屋さんは、今日で閉店してしまい、現在最後のバイトを終えて、明日からの仕事に悩み中。
ずっと接客の仕事をしてきたからな。やっぱり次も、接客業がいいかな。
そう彼女は考えながらバスを降りて、自宅までの道を歩いて帰る。
周りの景色はもうすっかり真っ暗で、9月下旬の夜は昼間と違い涼しい。夜の風を受けて、もう秋が近づいて来ているんだなと、雫は感じる。
そんなことを考えて周りを見ながら歩いていると、大きな店構えのおしゃれな喫茶店が目に入ってきた。
電光で光る看板には、
『アロマ喫茶せせらぎ』
と、書かれている。
「こんなとこに喫茶店があったんだ。まだやってるみたい……」
入り口のドアは2つあり、ひとつは『喫茶せせらぎ』と書かれた札がかかっていて、閉店の文字が書いてある。
もうひとつは『アロマせせらぎ』と書かれていて、開いているようだ。
個人店で入りにくいけど、気になって入ってみることにした雫。
カランカラン……
一昔前の喫茶店のベルの音が、店内に鳴り響く。
「すみません」
声をかけながら雫が中に入ると、温かなオレンジ色の照明と良い香りが彼女を包んだ。
店内はちょっとしたアジアン雑貨のような、雰囲気を醸し出していた。
そんな中、雫は近づいて商品を見てみることにした。お香や石鹸、ハーブティーと良い香りのする品々が綺麗に並べられている。
「いい香り……」
ひとつの石鹸を手に取り香りを楽しんでいると、雫は声をかけられた。
「お気に召しましたか?」
雫が、涼やかな甘い声の方へと顔を向けると、奥から一人の青年が出てきた。
奥から現れた、すらりと長身の青年は深緑の着流しに黒の帯をした和服姿で、短く切り揃えられた黒髪に黒い瞳、口元には笑みを浮かべて立っている。
そんな眉目秀麗な青年に、雫はドキドキした。
「あ、すみません。勝手に商品を触ったりして……」
慌てて謝る雫に、青年は微笑みかけて話をする。
「気軽に手に取ってみて下さい。その石鹸が気に入ったのなら、是非とも試してみて下さい」
そう言って、雫に着いてくるよう目で促し、店内をぐるりと歩くと、洗面台があった。
「どうぞ、こちらでお試し下さい」
雫の手から石鹸を取り、パッケージのフィルムを剥がして、また彼女に渡す。
「ありがとうございます」
お礼を言ってから雫は、洗面台で石鹸を使ってみることにした。水に濡らしてこすってみると、ふわふわもこもことした泡が立っていき、雫の手を包んだ。
石鹸置きがあったので、石鹸をそこに置き、指先までしっかりと洗って流す。
「うわ、つるつる……」
雫はしっとりつるつるとした自分の手を撫でた。
「お気に召したようで、よかったですよ」
微笑みを絶やさない青年に、雫は言った。
「あ、じゃあこれ下さい」
「ありがとうございます。では、新しいのを取って来ますので。ああ、使った石鹸はそのままで」
雫は青年にそう言われて、石鹸はそのままに彼の後を着いて行く。
「こちらの品で、よろしいですか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
先程試したレモンの香りの石鹸を、雫は買うことにした。
「会員カードはお持ちですか? カードがあれば、全品10パーセントオフになるので、まだお持ちでなければお作りしますが」
「あ、じゃあ、お願いします」
「かしこまりました」
会員カードに必要事項を書きながら、石鹸の使い方を聞くと、全身に使えるらしく、肌の弱い人にもおすすめだとか。
セルフレジの会計機だったので、自分で会計を済ませた。
個人の店でセルフレジが導入されていることに、雫は驚いた。
「……ちょっとお時間を頂いてもよろしいですか?」
会計後にそう言われて雫が頷くと、青年は奥の部屋へと彼女を案内した。
「ここは……」
その奥の部屋は、喫茶店と繋がっていたらしい。テーブル席とカウンター席がある、木の板で出来た、昔ながらの雰囲気を残す喫茶店だった。
「申し遅れましたが、私このアロマ喫茶せせらぎの店主、柏木綾女 と申します」
自己紹介をして店主柏木は、雫にカウンター席に座るように促して、話を続ける。
「ここは昔、私の曾祖父が開いた店でして。その頃は薬種問屋を営んでいたのですが、父の代で喫茶店を、私の代でアロマオイルを扱うようになり、今の形の喫茶店が出来上がりました」
店の経歴を話してくれながら、柏木はカウンターの中に入って、お茶の用意をしている。
「じゃあ、アロマオイルや雑貨の店と、喫茶店に分かれているんですね」
「ええ、そうです」
雫の言葉ににっこりと笑って答えてくれる。彼女は柏木と話しながら、彼の一挙手一投足を見ていたが、これほどまで所作が綺麗な男性は見たことがなかった。指先の動きから身体の動きまで、全てが美しい。
彼女は、高校生の時に両親が船の事故で亡くなったので、大学には行かずにずっとフリーターで働いている。
けれど、高校生の頃から働いていたパスタ屋さんは、今日で閉店してしまい、現在最後のバイトを終えて、明日からの仕事に悩み中。
ずっと接客の仕事をしてきたからな。やっぱり次も、接客業がいいかな。
そう彼女は考えながらバスを降りて、自宅までの道を歩いて帰る。
周りの景色はもうすっかり真っ暗で、9月下旬の夜は昼間と違い涼しい。夜の風を受けて、もう秋が近づいて来ているんだなと、雫は感じる。
そんなことを考えて周りを見ながら歩いていると、大きな店構えのおしゃれな喫茶店が目に入ってきた。
電光で光る看板には、
『アロマ喫茶せせらぎ』
と、書かれている。
「こんなとこに喫茶店があったんだ。まだやってるみたい……」
入り口のドアは2つあり、ひとつは『喫茶せせらぎ』と書かれた札がかかっていて、閉店の文字が書いてある。
もうひとつは『アロマせせらぎ』と書かれていて、開いているようだ。
個人店で入りにくいけど、気になって入ってみることにした雫。
カランカラン……
一昔前の喫茶店のベルの音が、店内に鳴り響く。
「すみません」
声をかけながら雫が中に入ると、温かなオレンジ色の照明と良い香りが彼女を包んだ。
店内はちょっとしたアジアン雑貨のような、雰囲気を醸し出していた。
そんな中、雫は近づいて商品を見てみることにした。お香や石鹸、ハーブティーと良い香りのする品々が綺麗に並べられている。
「いい香り……」
ひとつの石鹸を手に取り香りを楽しんでいると、雫は声をかけられた。
「お気に召しましたか?」
雫が、涼やかな甘い声の方へと顔を向けると、奥から一人の青年が出てきた。
奥から現れた、すらりと長身の青年は深緑の着流しに黒の帯をした和服姿で、短く切り揃えられた黒髪に黒い瞳、口元には笑みを浮かべて立っている。
そんな眉目秀麗な青年に、雫はドキドキした。
「あ、すみません。勝手に商品を触ったりして……」
慌てて謝る雫に、青年は微笑みかけて話をする。
「気軽に手に取ってみて下さい。その石鹸が気に入ったのなら、是非とも試してみて下さい」
そう言って、雫に着いてくるよう目で促し、店内をぐるりと歩くと、洗面台があった。
「どうぞ、こちらでお試し下さい」
雫の手から石鹸を取り、パッケージのフィルムを剥がして、また彼女に渡す。
「ありがとうございます」
お礼を言ってから雫は、洗面台で石鹸を使ってみることにした。水に濡らしてこすってみると、ふわふわもこもことした泡が立っていき、雫の手を包んだ。
石鹸置きがあったので、石鹸をそこに置き、指先までしっかりと洗って流す。
「うわ、つるつる……」
雫はしっとりつるつるとした自分の手を撫でた。
「お気に召したようで、よかったですよ」
微笑みを絶やさない青年に、雫は言った。
「あ、じゃあこれ下さい」
「ありがとうございます。では、新しいのを取って来ますので。ああ、使った石鹸はそのままで」
雫は青年にそう言われて、石鹸はそのままに彼の後を着いて行く。
「こちらの品で、よろしいですか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
先程試したレモンの香りの石鹸を、雫は買うことにした。
「会員カードはお持ちですか? カードがあれば、全品10パーセントオフになるので、まだお持ちでなければお作りしますが」
「あ、じゃあ、お願いします」
「かしこまりました」
会員カードに必要事項を書きながら、石鹸の使い方を聞くと、全身に使えるらしく、肌の弱い人にもおすすめだとか。
セルフレジの会計機だったので、自分で会計を済ませた。
個人の店でセルフレジが導入されていることに、雫は驚いた。
「……ちょっとお時間を頂いてもよろしいですか?」
会計後にそう言われて雫が頷くと、青年は奥の部屋へと彼女を案内した。
「ここは……」
その奥の部屋は、喫茶店と繋がっていたらしい。テーブル席とカウンター席がある、木の板で出来た、昔ながらの雰囲気を残す喫茶店だった。
「申し遅れましたが、私このアロマ喫茶せせらぎの店主、
自己紹介をして店主柏木は、雫にカウンター席に座るように促して、話を続ける。
「ここは昔、私の曾祖父が開いた店でして。その頃は薬種問屋を営んでいたのですが、父の代で喫茶店を、私の代でアロマオイルを扱うようになり、今の形の喫茶店が出来上がりました」
店の経歴を話してくれながら、柏木はカウンターの中に入って、お茶の用意をしている。
「じゃあ、アロマオイルや雑貨の店と、喫茶店に分かれているんですね」
「ええ、そうです」
雫の言葉ににっこりと笑って答えてくれる。彼女は柏木と話しながら、彼の一挙手一投足を見ていたが、これほどまで所作が綺麗な男性は見たことがなかった。指先の動きから身体の動きまで、全てが美しい。
1/9ページ