小説家とマグカップ

 ある時、我が家に一本の電話が入ります。

 それは出版社からでした。

 どうも私の本の事で問い合わせが相次いでいるとの事でした。

 病院や図書館、学校などで読んだ方達が本を買いたい、この続きはないのか、と電話がかかってくると。

「金銭はこちらが持ちますので、是非『人魚の夢物語第1集』を書店へ流通させてみませんか?」

 そう話してくれました。

 もちろん私は一も二もなく承知しましたよ。この事を伝えると、家族は喜んでくれました。

 妻が、

「今日は腕によりをかけて美味しい物を作らなくっちゃ」

 と、張り切って豪勢なディナーを用意し娘は、

「パパに、ごほうびをつくらなくっちゃ」

 と、画用紙に素敵な絵を描いてくれました。

 『わたしももっと貴方に物語を聞かせなくっちゃ』

 ミーナもマグカップの中を優雅に泳ぎ回り、嬉しそうに呟きます。

 出版社の方は『人魚の夢物語第1集』の増版を決め、さらには第2集を500部ですが出版してくれました。

 第2集の出版の事を話すと、両親や兄弟、親戚や友人、会社の方達は喜んでくれましたよ。

 その中で第2集を買うと言ってくれた方達には、感謝の気持ちを込めて私の方で購入し贈りました。

 彼らの間近で聞く喜びの声が、私の原動力になっていましたから。

 出版してから数日が経って、読者の皆さんからのファンレターが届くようになりました。

 それによると、幼稚園や学校、図書館や病院で私の本を知ってくれた方々が『人魚の夢物語第1集』を買って下さったようです。

 中には第1集と第2集、2冊を同時に購入して下さった方々もおられました。

 さらには買ってくれた方達が、知人や友人に薦めて瞬く間に広がったようで。

 出版社の方はすぐに第2版を刷ってくれました。

 こうして本が売れたお陰で、この後も第3集、第4集と順調に出版する事が出来たのでした。

 若い読者の皆さんには年寄りの長話は疲れましたでしょう。

 ここまで読んで下さりありがとうございます。

「おじいちゃん、またおはなしかいてるの?」

 孫娘が私の顔を覗き込みます。

 あれから21年。

 人魚の夢物語はいまや第10集まで出版し、世界中で翻訳され人々に愛されています。

 時が流れるのは早いもので、小さかった娘も成長し結婚をしました。

 本の印税で豊かな暮らしが出来るようになった私達夫婦は、娘夫婦と広い大きなログハウスの二世帯住宅に住んでいます。

 5年前に生まれた孫娘は、娘のお腹の中にいる時から私の本を聞かされ育ちました。

 そのお陰でしょうか?

 妻も娘も聞く事が出来なかったミーナの声が、彼女には常に聞こえるようで。

 孫娘にせがまれて今では彼女が、ミーナのマグカップの水を毎日入れ替えています。

 ミーナも孫娘を気に入り、毎晩ひとつずつ物語を話して聞かせており、微笑ましく思いました。

 こうしてミーナと私の物語は、今も変わらず続いております。

 私が亡くなったとしても、今度は成長した孫娘がこの人魚の夢物語を紡いでくれる事でしょう。

 それでは今日はこの辺りで筆を置くとしましょうか。

 さて次回は彼女に聞いた、どんな夢物語を皆さんに届けましょう?

 どうぞお楽しみに。



 初老の作家からファンの皆さんへ愛を込めて。




 完

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