小説家とマグカップ

 たくさんの出版社に送っても断られたものですから、私は自信を持てませんでした。

 悩む私に、

「なら利益を求めなければいいじゃない」

 と、妻はあっさりと言いました。

 5年の間に恋人は妻となって、恋人の時と変わらず私を支え続けてくれたのです。

「刷った本を書店に流通させずに、身内だけに配ったりする事も出来るらしいわ」

 と、妻は続けました。

「しかし、それではお金は……」

 私達の暮らしに少しでもお金が入らなければ、自費出版は大きな痛手となります。

 なにより、

「パパ、ママ。どうしたの?」

 私達の可愛い一人娘に、辛い生活はさせたくありません。

「あなたはミーナの物語を、たくさんの人に読んで欲しいんでしょう? それはわたしも同じよ」

 確かにより多くの人にミーナの物語を聞かせたい、そう思い今まで頑張ってきました。

「書店に並ぶと読者はお金を払わなくてはいけない。あなたの言うとおり、無名の作家の本を手に取る確率は低いわ」

 私よりもたくさん調べた妻は言います。

「貧乏だっていいじゃない。本を作って無料で色んな所に配りましょう。そうすればきっと、たくさんの人が手に取り読んでくるわよ」

 妻はそう言ってウインクを送ります。

 本当に私は素晴らしい女性と出逢えました。

「パパ、がんばって! あたしパパのおはなし、だいすきよ」

 娘は私の頬にキスをしてくれます。

 この子は妻に似て愛らしくとても利発な子で、彼女もまたミーナの夢物語のファンでした。

 妻と娘に背中を押され私は本を流通させず、まずは身内に次は友人達、そして会社の人達に贈りました。

 一通り知人に贈ったら、図書館に寄贈し他にも幼稚園や学校、病院などは置いてもらえるように頭を下げて回りました。

 身内や友人、会社の方達は喜んでくれました。

 特に子供のいる家庭は、夜に子供を寝かしつける時に読んであげる本が増えたと、笑って話してくれたものです。

 不思議な事に、この本を読むと毎回子供がすぐに寝てくれるから重宝していると言ってくれた方もいて私は嬉しく思いました。

 もし書店に流通をする方法を選んでいたら、こうして読んでくれた方達の喜びの声を聞く事はなかったでしょう。

 私も妻も、もちろんミーナも幸せでした。

 ミーナは夢が叶った事がとても嬉しかったようで、その自慢の声で歌を歌ってくれたほど。

 その話を聞いた妻は、

「あなたばかりずるいわ」

 と、へそを曲げてしまったので、私は困ったものです。

 娘からも、

「パパのおはなし、ようちえんでみんなすてきね、っていってくれてるわ」

 と、ニコニコと話してくれました。

 そのあと3ヶ月後に寄贈した幼稚園や学校からは続きはないんでしょうか? という電話がかかりました。

 しかし第1集の出版でかなりの金額を使い果たしていたので、第2集の出版は難しい話でした。

 それでも私は執筆は続け、

「これ以降は自分の子供達に、読み継いでもらおう」

 そう思って物語を書き、第2集を仕上げます。

 その頃には会社の役職も上がり、前より多くのお金と時間が増えたので、家族と過ごしたり執筆作業をしたりと、ある程度は自由な毎日を送っていました。



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