小説家とマグカップ

 時が過ぎ、私には恋人が出来る年頃に成長しました。

『今日は何があったの?』

 恋人が出来た時も私はミーナに話して聞かせ、彼女も私の話を真剣に聞いてくれるのです。

『どんな女の子なの?』

 好奇心旺盛な彼女に、

「亜麻色の煌めく髪に、どこまでも吸い込まれそうな黒い瞳のチャーミングな子だよ」

 照れながら話すと、

『すっかり恋人の虜なのね』

 と、楽しそうに笑いました。

 家では常に私は、ミーナの傍にいましたから、どんな些細な事も知りたがる彼女に話しました。

 ああ、物語のお礼に図書館で借りてきた本を読んであげた事もありましたよ。

 失礼、話が逸れてしまいましたね。

 ある時、仲良く共に時間を過ごしてきた恋人と私は、喧嘩をしてしまいました。

 理由は人魚の彼女のマグカップでした。私が余りにも自分より大切にしているので、悲しかったようです。

 恋人は泣きながら、私の大切なマグカップを床に叩きつけて割ってしまいました。

 割れて粉々になったマグカップ。

 すぐに我に返った恋人は、

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 と泣いて謝り、私は、

「怪我はなかった?」

 割れた破片で怪我をしていないか、恋人を
心配しました。

 壊れてしまった事は悲しかったけど、私はその時に恋人を疎かにしていた事に気が付いたのです。

 まだ泣き続けている恋人に「今までごめんよ」と優しく背中を撫でました。

 恋人は私にしがみつき、うんうんと肯きます。

 しばらくしたのち、落ち着きを取り戻した恋人をソファーに座らせ、私はマグカップの破片を片付け始めました。

 一際大きな破片を拾った時です。

 ミーナは窮屈そうに体を丸めて、全身をその破片に移していました。体のどこにも傷ひとつなく。

 恋人に見せると、

「でも、マグカップは粉々に割れてしまった」

 と、申し訳なさそうに話します。

「ごめんなさい、人魚さん。彼が貴女を大切にするから焼きもちを妬いてしまったの」

 破片の中のミーナにも謝る恋人。

 すると、

『わたしは大丈夫。もっと自信を持ちなさい。彼はチャーミングな貴女に夢中なのよ』

 ミーナは恋人にウインクをひとつしました。

 恋人は驚いた表情で私の顔を見るので、ミーナを真似て私もウインクをして見せます。


 ミーナが恋人と会話が出来たのは、後にも先にもこの時だけでした。

 彼女の一言で恋人は自信を持てたようで、それからは決して誰かに焼きもちを妬いたりする事はありませんでした。

 ええ、今現在もね。

 それは私にとっては嬉しいような淋しいような複雑な気持ちでしたが、恋人にとっては良い出来事でした。

 バラバラに砕けてしまったマグカップでしたが、

『新しい真っ白なマグカップを用意してちょうだい』

 と、ミーナは元気よく私に話したので、彼女自身は無事な様子が伺えてほっとしました。

 ミーナの言うとおりにかき集めた破片全てと、買ってきた新しい白いマグカップを机の上に一晩、置きました。

 すると次の日、人魚の彼女と魚達は新しい真っ白なマグカップの方へと移動していたのです。

 代わりに粉々のマグカップは、真っ白な破片にすり替わっていました。

『これからもよろしくね』

 にっこりと笑いかける彼女に微笑みを返して、慌てて水を入れに行ったものです。

 それからは恋人もミーナに本を読んであげたり、話しかけたりしました。

 私はふたりの通訳で、やがて恋人とミーナはすっかり打ち解けて仲良くなったのです。

 穏やかに穏やかに、3人仲良く過ごす日々が続いていきました。

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