常世の国の彼女

「けど舞夏、これからどうするんだ? あの男と一緒になるのか?」

 もし、舞夏が夢の世界でずっと奴と暮らす事になったら、現実の彼女はこのまま、精神科病院にいる事になる。

 僕が心配している事に気付いたのか彼女は、

「そうだね。彼とは夢の中でしか触れあえないから、現実世界では生きていけないし、このままかな」

 ぽつりぽつりと呟いた後、儚げな表情で僕を見る。

「おまえの両親とか、兄弟とか、ずっと心配しているんじゃないか?」

 僕が言えば、

「だって、それだけだから」

 舞夏は瞳を閉じる。

「だって、陽翔はいないから。あたしにとってこの世界は、陽翔がいたから価値があったんだもん」

 つまらないよ、と。

 言葉を詰まらせる僕に、

「陽翔はあたしの元には、戻って来ないんでしょ? さよならなんでしょ?」

 口を尖らせ舞夏は言う。

「や、だってあの男がいるだろ? 僕の事、許したんじゃないのか?」

 彼女の意外な言葉にたじろぐ。さっき許すって……彼がいるからって。

「それとこれは別。シェムハザを愛してるし、陽翔の事も許したよ。いま話してるのは、現実世界に戻るかどうかの話でしょ?」

 わざとらしくため息を吐き、舞夏は上目遣いで僕を見る。

「それにね、」

 途端に声を落として手招く彼女に、どうした? と、心配になって顔を近づける。

「あたし、看護士の男に毎日ね、されているの」

 耳元に吹き込まれる彼女の話す内容に、背筋がぞくぞくした。




 え いま なんて言った?

「まいか、いま、なんて」

「何度も言いたくないよ。もうこの世界にいるのが苦痛なの」

 それっきり口を閉ざす彼女を見つめながら、必死に頭は働いていた。

『毎日ね、看護士にされているの』

 されているの、看護士に、毎日……何を? そんなの決まっている……!

「舞夏、看護士ってあの……」

 僕の言いたい事を汲んで、そう、とだけ答えた。

「誰も知らないし、あたしも現実いらないし、どうでもいいか~って思って」

 投げやりに話す彼女に、

「誰かに相談しろよ、なんなら僕から病院に」

 僕は席を立った。

 すると、

「やめて、お願いだから」

 舞夏は小動物のような瞳で、僕のシャツの裾を掴む。

「いいの。だって、陽翔がいないなら現実世界はどうだっていいの」

 でもね、と彼女は席を立った僕を見上げて、

「陽翔が傍にいてくれるなら、ここから連れ出して」

 縋るように声を震わせた。

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