常世の国の彼女

 彼女に言われた通り仕事を終わらせた後、車を走らせ病院に向かう。

 個室部屋にいる舞夏の部屋番号まで真っ直ぐに目指す。

「舞夏、来たよ」

 看護士はいないみたいで相も変わらず舞夏は、視点の合っていない瞳で、壁の一点を見つめている。

 椅子に座りながら、

「舞夏、わかるか?」

 彼女の瞳を覗き込む。

 無反応の舞夏に気を落とし、何となく彼女の見ている視線を辿る。

「お、おまえ!」

 怒りを宿したあの青い瞳と目が合い、僕は身震いした。

「はる……と?」

 可愛らしい彼女の声を現実に聞き、視線を向けると、

「舞夏!」

 生気の宿った舞夏の顔が目に入る。

 しかしすぐに、はっ! として、あの男シェムハザのいた方へ顔を向けた。

「いない……」

 目の錯覚かと、瞳をしばしばさせる僕に、

「いたよ、さっきまでね」

 嫉妬深いの彼、なんて言って彼女はくすりと、笑みを漏らす。

「本当に天使……なのか?」

 真剣に尋ねる僕に、

「さあ、どうでしょう」

 なんてふざけた声で答える舞夏。

 ああ、五年前のままだ。

 笑い方、話し方、くるくるすぐ変わる表情、ずっと見ていて飽きない。

 当時の幸せだった頃が胸を突き、苦しくなる。

「舞夏、ちゃんと謝りたかったんだ……」

「もう、いいって」

「浮気してごめん。五年前おまえから逃げて、今更で、僕は本当に、情けない……」

 次から次へ出る言葉が止まらなくて、舞夏は困った顔をして、

「陽翔、もういいよ」

 そう言って僕の肩をさすり、それがまた悲しくなる。

「好きだった、愛してた。それは本当だ。なのに、仕事も舞夏の存在もしんどくなって他の女に逃げて……どうしよう、本当駄目な奴だ。ごめん、謝っても足りないけど、ごめん」

 ひたすら謝罪の言葉を述べる僕を、彼女は無言で聞き続けてくれた。




 30分は謝っていただろうか。

 彼女を前に謝罪して感じたのは、ただ僕は許して欲しかっただけなんだと、自分の卑劣さに気付く。

 舞夏に許されて、罪の意識を軽くしたかっただけなのだ、と。

「陽翔、あたしいま、幸せだよ」

 彼女は優しい穏やかな声で話す。

「でも、まだ僕の事は許してないんだろ?」

 そう、彼女の夢に入った時、『裏切り者!』や、『見捨てないで』の声が反響していた。

「だから、あの時に言ったじゃない。なんか気が抜けちゃったって」

 いたずらっぽく僕を見る彼女は、本当に可愛らしかった。

「夢の中でね、陽翔に会う前は憎しみでいっぱいだった。絶対許したくないって」

 でもね、と舞夏はまた壁を見て、

「シェムハザがあたしの気持ちを汲み取ってくれたの。あの時、彼が陽翔を傷つけなかったらまだあたし、恨んでいたかもしれない」

 あたしの代わりにシェムハザが、陽翔を殴ってくれたから……

 そう言い、さっきまで彼がいた方向に微笑みかける。僕もそちらに視線を向けたが、いまは何も映らなかった。

「舞夏……」

「だからね、陽翔の事は許してあげる。許さず死ぬまで罪を償わそうか、思ったりしたけど……彼、嫉妬深いから。あたしにシェムハザがいてくれて、よかったね」

 彼女はにっこり笑って、僕の頬をつねった。

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