常世の国の彼女

「もう五年間こんな感じで、心神喪失と言った状態です」

 看護士の説明を聞き僕は、いまの彼女には話を聞いてもらえない事を知った。

「初めての面会ですか? 見掛けない顔ですが……もしかして恋人ですか?」

 彼女の食事の世話をする看護士に問われ、

「えっ、あ、そうです」

 と、曖昧に答えた。

 五年間も離れていた彼女を、まだ付き合っているとは言えないかもしれない。けれど、彼女との関係を看護士に詳しく教える必要もないので、恋人という事にしておく。

「そうですか」

 看護士は別段気にした風もなく、彼女の世話を続けた。看護士の前で話を続けるのも気まずいので、「また来ます」と一言残し、病院を後にした。

 看護士が世話をしに来る前に舞夏に話し掛けたが、何も反応がなかったので、あのままいても意味はなかっただろう。


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 夜、それは突然に始まった。五年前のあの時のように。

 布団の中、沼に引きずり込まれるように夢の世界へと連れていかれた。

 次に目を覚ました時、自分は暗闇の四角い部屋にいた。

 すぐに夢だと気付く。そう、彼女の夢だと。

 彼女の夢では必ず、明晰夢めいせきむのように、夢だ! と、気が付く事が出来る。

『あたしの事、もう必要ないの?』

『裏切り者! 裏切り者! 裏切り者!!』

 彼女に言われた言葉の数々がこの部屋に反響して聴覚を刺激する。

『あたしの事、見捨てないで……お願いだから……』

『あたしを好きじゃない貴方なんて、信じない……』

 一気にあの時の自分に戻されて吐き気を催したが耐えて、目の前にあるたったひとつの扉を開けた。

 この先に彼女がいる。

 そう信じて……



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「あいつは扉を開けたみたいだが、どうするんだ?」

「どうもしない。ほっとく」

 電気を消した暗く広いお風呂に、アロマキャンドルを灯して、温かい湯船に彼と浸かりながら答える。

 口ではそう言っても、あたしの心はざわついていた。

『今更』って気持ちと、『やっと来てくれた』って気持ちが振り子のように揺れる。

「どちらにしても気になっているんだろう? 俺には嘘は通用しない」

 後ろから抱き締められて、彼の大きく男らしい手があたしの肌を撫でる。

「っ、そうだったね。心の声がまる聞こえだもんね」

 ごめんなさい、そう小さく謝った。

「……」

 彼のため息が聞こえ、怒ったかな……と不安になる。

「とりあえず会えばいい」

 彼の意外な言葉に思わず後ろを振り返る。ぱしゃん、と湯が揺れて波紋を作った。

「いいの?」

「いいも何も、事の最中にあいつを思い出されるのは迷惑だ」

「ご、ごめんなさい……」

 確かに彼の言うとおりだ。あたしが考える思考も映像も、彼には筒抜けなわけで、不機嫌になるのも無理はない。

「ちゃんと俺を選んでくれるんだろう?」

「うん、もちろん!」

 身体の向きを変えて彼に向き直り、キスをした。


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