常世の国の彼女

『あの女、郊外の精神病院に収容されたみたいだぞ』

 野原から話を聞かされたのは、転勤して仕事に慣れた頃。

「そうか……」

『ま、いつかはそうなると思っていたが……
一応知らせておこうと思ってな。知っていた方がお前も安心だろ?』

 それから野原と他愛のない話をして、近況を伝えてから電話を切った。

 左腕にあるくっきりと残った腕時計の跡を見ながら、

「僕のせいで、舞夏は……」

 自責の念に駆られた。

 僕が浮気をしなかったら、舞夏はいまも傍で笑ってくれていただろうか。

 あの時、僕に余裕があれば……

 まだ彼女と幸せな生活を送っていただろうか……。

「最低だな自分は……いまのいままで忘れていたんだから」

 仕事に夢中になる事で、彼女の事を考えないようにしてきた。そのお陰か、夢で彼女を見る事もなくなりすっかり存在を忘れて過ごしてきた。

 しかし余裕のあるいま、野原から舞夏の現在を知り、気になり出してしまった。

「浮気の事をちゃんと許してもらう前に、僕は彼女から逃げたんだ……」

 自分の情けなさに自分で呆れた。

「きっちりと彼女と向き合わないと……」

 陽翔は鞄からスマホを取り出すと、野原から聞いた病院名をネットで検索し出した。





『せっかく逃げ切れたのに、お前は馬鹿か?』

 僕の身に起こった事を全て知っている野原は先日、電話越しで呆れた声を出した。

『今更会いに行ってどうすんだよ。元はと言えばお前が原因だろうが』

 きっとパーマがかかった頭を掻いて、どう僕を説得しようか考えているんだろう。

「五年も経つとさ、舞夏と過ごしたいい思い出ばかり頭に浮かぶんだよ」

 デートの時、家で過ごす時、一緒に寝る時。

 常に自分だけを見つめて想ってくれる。華奢で感情が豊かで、あどけないその儚さは、守ってあげなくてはと思わせる。

 僕が一方的に話していると、

『それはな、あーゆー女の特徴、標準装備。思い出は美化するもんだ。でもな、距離が近づけばまた苦しい思いをするだけだぞ』

 野原は面倒くさそうに話ながら、いいからほっとけ、と続ける。

「でも舞夏の現状を知ったいま、ほっとけない。いま野原が言った通り、僕のせいなんだし」

『あ~もう、まだ気持ち吹っ切れてなかったのかよ。もう大丈夫だと思って話したオレが馬鹿だった』

 野原がくしゃくしゃに顔を顰めるのを、見なくても想像出来る。

「ごめんな。でも僕は舞夏に元に戻って欲しい。例えそれが自分を苦しめる結果になっても」

 ちゃんと元に戻ったら、今度こそしっかり謝りたい。そして彼女がまだ僕を必要とするなら、傍にいてあげたいと思う。

 それらを野原に伝えると、

『お前、こうなったら頑として意志曲げないからな。めんどくせえ。じゃあ、もう行ってこい!』

「ありがとう」

 僕は素晴らしい友人を持って幸せだ、と続けると、

『死亡フラグ立つからやめろ!』

 と、突っ込まれた。

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