常世の国の彼女

 精神科病院。

 その名前を聞くと、誰もが閉塞感漂う鉄格子だらけの、一度入れば出られない場所。そういうイメージがあると思う。

 しかし実際に訪ねてみると、郊外にあるこの愛川病院は、院内全てが木目調に統一された、明るく清掃が行き届いた綺麗な所だった。

 そこで働く看護師達も、はきはきとした明るい話し方で、僕の中のイメージはがらりと変わった。

 この愛川病院は大きな病院で、いくつもの病棟があり患者の精神疾患の具合によって、住み分けられていた。

 病院の事は先日、友人の野原から話は聞いていたので、病院名を検索すれば探し出す事が出来た。

 受付にいた看護師に話を聞くと、統合失調症の彼女は今は比較的落ち着いているので、静養病棟にいるらしい。

『今更会いに行ってどうすんだよ』

 友人の野原に会いに行く事を話した時、奴は僕を止めようと説得した。

『思い出は時が経つにつれ、美化するもんだ。でもな、距離が近づけばまた苦しい思いをするだけだぞ』

 ため息と共に呆れた声が忠告する。

『元はと言えばお前が原因だろうが』

 確かにそうだ。
 だから元に戻って欲しくて会いに行くんだ。またあの頃みたいに明るく笑う彼女を、取り戻す為に。




 受付で聞いた部屋の番号の前でもう一度数字を確認し、ノックをして扉を開ける。

 中に入れば個室部屋の彼女はただ一人、ベッドの上でぼんやりしていた。

 五年の歳月を経ても彼女は可愛らしいままで、柔らかな栗色の髪が少し開いた窓からの風に揺られている。

 部屋の中はベッドに椅子とタンス、必要最低限の物しかなく殺風景ではあったが、大きな窓から取り入れられる暖かな陽射しが開放的な空間を演出していた。

 ベッドの横にある椅子に腰を掛け、

「やあ、舞夏。久しぶり」

 五年振りに会う彼女、美空舞夏みそらまいかに声をかけた。

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