常世の国の彼女

「馬鹿じゃねぇの、お前!」

 久しぶりにかけた電話でいままでの全てを野原に話したら、開口一番そう言われた。

「なんかやらかすとは思ってたけど、見事的中したね。誘拐事件になってたらどうすんの?」

「いや、それは……」

「事件の犯人になったらお前、いまの仕事や
地位を無くすとこだったんだぞ。だからあの女に関わるのは、やめとけって言っただろ!」

 なんだか唾が飛んできそうな勢いで、野原は一気にまくし立てた。

「悪い。もう、会わないからさ……」

「まあ、心神喪失の患者が病院抜け出したって事になっていたから、ひとまずよかったがな、おめでとうさん」

 はあ~あ、とでかいため息が聞こえてくる。

「随分と心配をかけて悪かった。なんかもう、僕にはおまえだけかもしれない」

 なんて冗談を言えば、

「やめろ、気持ち悪い。死んでもごめんだ」

 と、スマホの向こうで野原は鼻で笑う。

「とにかく、お疲れさん。今度こっちに出てこい。酒でも飲もうや」

「そうだな、久しぶりにみんなで集まってワイワイやるのもいいかもな」

 野原と約束をして通話を切った。










 深夜。

 入院患者達が寝静まり職員の数も数人の中で、ある男は目当ての病室の前に来ていた。

 そっと静かに扉を開け、中に入る。

「戻って来られてよかったですね。私も心配してましたよ」

 ベッドの上、静かに横たわる彼女に男は、愛おしそうに囁いた。

「これからもずっとアナタのお世話は、私の役目ですからね」

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