悪魔に捧げた生け贄

「よく参ったな、美しい生け贄よ……」

 ランプの灯りで見える部屋には、天蓋がついた豪華なベッドと、王座のような椅子のみ。

 その椅子に悪魔は、優雅に足を組んで座っていた。

「下がれ」

 その言葉で仮面の使い魔は恭しく頭を下げ、出て行く。

 宙に浮かんだランプのみが、ふたりの間に残された。

「怖がらずともよい。さあ、此方においで……」

 悪魔の姿はランプに完全には映されず、シルエットしかわからない。

 睦言を囁くような、甘い悪魔の言葉に、素直に近寄るイルザ。

 ランプも一緒について来る。

「我が愛しの生け贄よ。さあ……」

 イルザの横にいるランプが、悪魔の姿を克明に映し出す。

 悪魔は。

 その悪魔は、インキュバスの名に相応しく、眉目秀麗、耽美で華やかで、匂い立つような色香を放っていた。

 そう、どんな娘たちも虜になるような危険な妖しさを秘めて。

 そんな美しさを備える悪魔は、夜会服に闇のマントを纏い、英国紳士のような出で立ち。

「どうした? 私が怖いか?」

 イルザの感じているであろう恐怖を和らげるために、優しく、愛しさを込めて。

 夜の帳を纏う、長い髪の悪魔が問いかける。

 悪魔は玉座から立ち上がり、イルザの手を取る。

 そうして恭しくキスをひとつ、落とした。

「あっ……」

 その途端、イルザの手の薬指には金に輝く指輪が嵌められていた。

 それは悪魔の、呪いの紋章が刻まれた花嫁の証。

「これでお前はどう足掻いても、私から逃れられない。さあおいで、イルザ」

 怖がるイルザを優しく抱き上げベッドに下ろす。

「美しい私の花嫁よ……」

 悪魔はイルザにそっと口づけた……。





 その頃街では、皆イルザのことなど忘れて、飲めや歌えやの騒ぎをしていた。

 これで来年まで安泰だ、と喜んだ。




 その中で、この世でたったひとりの肉親、兄アロイスは、愛しい妹を想って泣いていた……。




 完

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