悪魔に捧げた生け贄
「イルザ、今年の生け贄はお前に決まった。悪く思うなよ」
酒に酔い、頬と鼻を赤らめた男が、馬車の中にいる者に言う。
「……」
今年の生け贄という『イルザ』の乗る馬車の周りを、街中の者たちが囲う。
「仕方ない事なんだよ。こういう事は順番なんだ、誰かが犠牲にならなきゃならない」
自分の幼い子供を、自分の胸に抱き寄せる母親は言う。
それは半分、後ろめたさを感じる自分に言い聞かせているようだった。
「そ、そうだ、この豊かな暮らしを続けるには多少の犠牲は仕方ないんだっ」
「もう元の生活には戻れない。前まで普通に出来ていた事のやり方を、忘れてしまったんだから」
皆が思い思いの言葉を言う。
特に若い娘たちがいる家は、我が子でなくてよかったと、内心安堵していた。
「お前の双子の兄も、最後には承知したんだ。だから覚悟をお決め」
街一番の年寄りが、馬車の中にいるイルザに、言い聞かせる。
街の者たちが、一通り声をかけ終わったのを見計らい、
「では出発します」
従者を名乗り出た青年が馬車に乗り、悪魔の住まう古城へと出発した。
馬車に揺られながら数時間。古城の大きな門の前で、その動きは止まった。
イルザを馬車から降ろし、
「じゃあ、ここからはひとりで行きなさい。……絶対に悪魔の機嫌を損ねないように」
そう伝えて従者の青年は、馬車を操り元来た道を帰って行く。
「……」
暗闇の森の中。
草木が風に揺れカサカサと音を鳴らし、フクロウの鳴き声が不安を煽る。
そんな中で、静かに佇む古い大きなお城。
夜の闇とあいまって、一層不気味な空気を纏う。
ひとり残されたイルザは意を決して、見上げるほど高い大きな門を開け、中に入った。
身に付けた衣装のドレスが、乾いた地面に擦れる。
城の扉に付いた金のライオンのドアノックで叩く前に、向こうから閉ざした口を開ける。
まるでイルザを歓迎するように、自然に。
そうしてイルザは城の中へと、足を伸ばした。
中に入ると、すぐに大広間があり、舞踏会でも開けそうなほど広々としていた。
上を見上げれば、豪華なシャンデリアが吊り下がっているが、その灯りは消えている。
そのせいで、お城の中も外と同様、暗い闇が辺りを覆っていた。
辺りを警戒しながら、先に進もうとするイルザ。
そこへ暗闇の向こうから灯りを伴った何かが来る。
「……なるほど。これが今回の生け贄か。美しいな……悪くない」
それは悪魔の使い魔だった。
主の声を伝えてきた闇に浮かぶ仮面。
それは薄気味悪い表情をしていて、左側は白く光る三日月のようで、右側はその光さえ届かない、漆黒のような色をしている。
使い魔には、手も足も何もついていない。本当に仮面だけが浮いているのだ。
その使い魔の横には、ランプが一緒に浮かんでいた。
「……」
無言のイルザに仮面はくるりと向きを変え、ランプと共に歩き出す。そのあとをついていくイルザ。
浮かぶランプが、辺りを照らす。
大広間を抜けて、深紅のカーペットが敷かれた長い廊下を進んでいく。
ちらりと目を向ければ壁には、見事な細工が施された金の額縁に収まる美しい絵画の数々。
「さあ、この扉を開けるがいい……」
ふと気が付けば仮面は、ひとつの扉の前で止まる。
扉には、見事な彫刻が彫り込まれていた。
見れば、百合の花が沢山咲く森の中、男女が抱き合い絡み合う上には、それを祝福する天使。
繊細で緻密な彫刻は、それだけで美しい一枚の絵のようだ。
「何をしている、早く参れ」
自分の隣りに佇む仮面から、館の主の声が響く。
「……」
意を決して、イルザは扉を開けた……
酒に酔い、頬と鼻を赤らめた男が、馬車の中にいる者に言う。
「……」
今年の生け贄という『イルザ』の乗る馬車の周りを、街中の者たちが囲う。
「仕方ない事なんだよ。こういう事は順番なんだ、誰かが犠牲にならなきゃならない」
自分の幼い子供を、自分の胸に抱き寄せる母親は言う。
それは半分、後ろめたさを感じる自分に言い聞かせているようだった。
「そ、そうだ、この豊かな暮らしを続けるには多少の犠牲は仕方ないんだっ」
「もう元の生活には戻れない。前まで普通に出来ていた事のやり方を、忘れてしまったんだから」
皆が思い思いの言葉を言う。
特に若い娘たちがいる家は、我が子でなくてよかったと、内心安堵していた。
「お前の双子の兄も、最後には承知したんだ。だから覚悟をお決め」
街一番の年寄りが、馬車の中にいるイルザに、言い聞かせる。
街の者たちが、一通り声をかけ終わったのを見計らい、
「では出発します」
従者を名乗り出た青年が馬車に乗り、悪魔の住まう古城へと出発した。
馬車に揺られながら数時間。古城の大きな門の前で、その動きは止まった。
イルザを馬車から降ろし、
「じゃあ、ここからはひとりで行きなさい。……絶対に悪魔の機嫌を損ねないように」
そう伝えて従者の青年は、馬車を操り元来た道を帰って行く。
「……」
暗闇の森の中。
草木が風に揺れカサカサと音を鳴らし、フクロウの鳴き声が不安を煽る。
そんな中で、静かに佇む古い大きなお城。
夜の闇とあいまって、一層不気味な空気を纏う。
ひとり残されたイルザは意を決して、見上げるほど高い大きな門を開け、中に入った。
身に付けた衣装のドレスが、乾いた地面に擦れる。
城の扉に付いた金のライオンのドアノックで叩く前に、向こうから閉ざした口を開ける。
まるでイルザを歓迎するように、自然に。
そうしてイルザは城の中へと、足を伸ばした。
中に入ると、すぐに大広間があり、舞踏会でも開けそうなほど広々としていた。
上を見上げれば、豪華なシャンデリアが吊り下がっているが、その灯りは消えている。
そのせいで、お城の中も外と同様、暗い闇が辺りを覆っていた。
辺りを警戒しながら、先に進もうとするイルザ。
そこへ暗闇の向こうから灯りを伴った何かが来る。
「……なるほど。これが今回の生け贄か。美しいな……悪くない」
それは悪魔の使い魔だった。
主の声を伝えてきた闇に浮かぶ仮面。
それは薄気味悪い表情をしていて、左側は白く光る三日月のようで、右側はその光さえ届かない、漆黒のような色をしている。
使い魔には、手も足も何もついていない。本当に仮面だけが浮いているのだ。
その使い魔の横には、ランプが一緒に浮かんでいた。
「……」
無言のイルザに仮面はくるりと向きを変え、ランプと共に歩き出す。そのあとをついていくイルザ。
浮かぶランプが、辺りを照らす。
大広間を抜けて、深紅のカーペットが敷かれた長い廊下を進んでいく。
ちらりと目を向ければ壁には、見事な細工が施された金の額縁に収まる美しい絵画の数々。
「さあ、この扉を開けるがいい……」
ふと気が付けば仮面は、ひとつの扉の前で止まる。
扉には、見事な彫刻が彫り込まれていた。
見れば、百合の花が沢山咲く森の中、男女が抱き合い絡み合う上には、それを祝福する天使。
繊細で緻密な彫刻は、それだけで美しい一枚の絵のようだ。
「何をしている、早く参れ」
自分の隣りに佇む仮面から、館の主の声が響く。
「……」
意を決して、イルザは扉を開けた……