悪魔に捧げた生け贄

 ほんの数十年前までこの街は、飢えと渇きに苦しむ大飢饉を迎えていた。

 食料は日に日に少なくなり、畑を耕せど育たない。

 街の唯一の井戸は枯れ、人々の心は荒れていく。


 神はこの世にいない……


 極限の飢餓状態で、人々が信仰心を持ち続けるのは困難だった。

 そうした中で始まったのは、生き残りをかけた虐殺。

 親は生きるために我が子を森に捨て、働けない老婆は森に追いやられる。

 皆が皆、生への渇望に飢え、僅かな食料を賭けて殺し合う。


 その様はまるで、秩序のない混沌のよう。

 そんな状況を変えたのが、森の奥深くの古城に住み着いた一匹の悪魔。

 名はミッシャといい、神がつけた名は
インキュバス。

 彼は人々に、豊かな富と幸せな暮らしを与えた。

 手始めに悪魔は、たくさんのパンやワイン、温かなスープをテーブルに並べてみせる。

 貪り食らいつく人間たちに、慈悲深い微笑みを讃えた姿は、神のよう。

 皆一様に拝み始めた。

 更に悪魔は、作物が育つよう天界の種を与える。

 この種から育った木は、決してその実を枯らすことはない。

 実をもいだその瞬間から次の実が成る。

 次に悪魔が与えたのは、金貨の出る皮袋。中にある金貨を使い切っても、不思議なことに一晩眠れば、皮袋の中には金貨が溢れかえっているのだ。


 人々は喜びに震え、歓喜し毎日踊り狂った。

 悪魔の恩恵はまだ続く。

 街に唯一ある枯れた井戸からは、こんこんと湧き出るワイン。

 全ての家の竈には常に焼きたてのパン。

 森に捨てた子供たち、老婆を連れ戻し共に暮らす。

 街は栄え、人々は歌い踊り、彼を称える音楽を奏でた。


 だがしかし、夢のような毎日はずっとは続かない。

 人々がパンの焼き方も、仕事の仕方も忘れた頃、彼らにとっての神はその邪悪な本性を現した。




「これからもこの生活を続けたくば、毎年街から若い娘をひとり、生け贄として差し出せ」

 残酷な心を隠しもせず、人々に通告した。

2/4ページ
スキ