犯罪都市グレグル

 どこまでも霧が広がり、グレグルの町全体を飲み込む闇夜。

 悪人がもっとも活発になる夜に、今宵もまたダイニングバー『クレナイ』は人々で賑わう。

「そちらの条件はわかりました。お客様はいくら出しても惜しくないそうです」

 裏サロンの店主であるレイは、下戸のため
ミルクを飲みながら、交換屋のルバーと交渉中。

 ルバーの店は、輸入が違法な生き物や薬、幻のお宝まで何でも取り扱う。それらを金、または物、果ては命で交換してくれる闇の商人。

 その姿は、白うさぎの着ぐるみを着た目立つ格好なので、一目で交換屋とわかる。

「へへ、毎度あり。件の幻の本は、こちらで」

 すっと差し出された本を受け取り、レイは
表紙を撫でて首を傾げる。

「こんな本が欲しいとは……私のお客様も変わってますねえ」

 真っ黒な布地に金の英文字が施された、格調高い様子ではあるが、角が擦り切れボロボロだ。

「貴重な一品なんですぜ、ダンナ。なんせその本は、書かれた物語の中に入り込める、生きた本なんですから」

「つまり、物語の世界を実体験出来ると?」

「そういう事です。悪魔が書いたとされる本でしてね。なかなか手に入らないもんで、値が
張るんですわ」

「しかし、中に入った人間たちは、ちゃんと
現実に戻れるのですか?」

「戻れるらしいですが、大体はあっちの世界に行ったっきりですわ。よっぽど、楽しい世界なんでしょうね」

「なるほど」

 レイはミルクを飲み干し、交換屋に伝える。

「では、あなたの指定の口座に振り込みますので」

「あいよ。またよろしくお願いしますよ、ダンナ」

 レイは本を持って店を出た。






「ああ、これだよこれ。レイ君、ありがとう」

 裏サロンの会員である客に本を渡すと、客は喜んで受け取った。

「喜んで頂けて良かったですよ」

 レイは微笑み、サロンを出て行く客を見送った。

「あんな本のどこに値打ちがあるのやら……」

 この世界は闇に覆われた、こんなにも素晴らしい楽園なのに。

 グレグルの町ほど、悪人にとって居心地の良い場所はないだろう。

 なのにわざわざ、別世界を体験したいとは……

「まあ、人それぞれですからね」

 レイは次の客の欲望を満たすため、何でも屋に仕事の依頼の電話をかけたのだった。


「リツ君ですか? 仕事ですよ」



 完

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