朽ちない日記~僕の眠り姫~

さん ……ねえ、起きてよ……起きて、愛しい人。

 いくら揺すっても君は目覚めない。いくら呼んでも君は戻ってこない。……わかってる、わかってるけど……認めたくなくて、君の名を呼んだ。

「燦、燦、日記読んだよ……ごめんね、ごめん……淋しい想いさせて……つらい気持ちにさせて……燦、僕を許して……」

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 黒のシンプルな鍵付きの日記。

『ねえ、どんな事書いてるの? 見せて』

『んなっ、そんなの見せるわけないじゃない。日記なんだからっ』

 日記を書く燦の後ろに周り見ようとすれば、彼女がすぐに日記を閉じた。

『なんで? 今の時代、日記は人に読んでもらう物だよ。ブログに載せて公開するほどなのに、まして鍵まで付けて見せないなんて、今時いないよ』

『ここにいますよーだ』

 燦が舌をべーっと出す。

『アナログ人間』

『なんとでも言ってくださーい。これには人に言えない事が色々書いてあるんだから、見せ物じゃないの』

『色々って……えっちな事とか、えっちな事とか?』

『……!!』

 僕がからかえば、燦はみるみる顔を赤くして怒ってみせる。

『……殴ってもいい?』

『勝負かい? オーケイ、君は強いからわくわくするよ』

『……ハアーー』

『何、そのわざとらしいため息。むかつくんだけど』

 燦のため息にイラッとしながら、僕が言う。すると燦は、僕の顔を見つめて話す。

『そんなに私の日記、気になる?』

『気になる』

『んーじゃあ、私が死んだ時、見せてあげる』

──

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 彼女が肌身離さず持っていた日記の鍵を、鍵穴に差し込み開けた。

 表紙を捲れば見慣れた彼女の文字。筆圧の高い彼女の文字……消しゴムで消された箇所が、くっきり残っているのは相変わらずで……。

 日記は僕たちが付き合い始める前から、書かれていた。

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 7月7日 七夕

 放課後、いつもの通り、九堂葵くどうあおいからの果たし状(今時果たし状ってなあ……)。

『放課後、屋上にて待つ。来い。九堂葵』

 ここんとこ毎日こんな感じ。果たし状がきて、放課後呼び出されて勝負する。

 ケンカ好きの彼は、護身術を習っていた私との勝負が楽しいようだ。

 ハア……私、真剣勝負とか嫌なのに。疲れるしさ。

 そして目的地に着けば、すでに彼がいた。

「遅い。何してたの?」

「日記書いてた」

「そう」

 特に話す事もないので、私は勝負に身を構えた。

……ら、

「違う」

 と、言われた。

「は?」

「勝負するために呼んだんじゃない……」

「……じゃあ何で?」

「……」

「……?」

「今日、一緒に帰らない?」

 意味がわからない。なんで? 私と?

 あまりにも私が沈黙してたら、

「返事は?……僕と帰るの嫌?」

「や、嫌っていうか、なんていうか……」

「うん、じゃあ帰ろう」

 っておーいっ! まだ何も言ってないってば! あーもう、スタスタ歩いていっちゃうし。

「ちょ、待って!」

 勝手に話を推し進められてしまった……彼が何を考えてるのか、さっぱりわからない。

 こうして今日は、九堂葵と一緒に帰った。

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 すごく懐かしい。高校3年の時の話だ。

 あの時の僕は好きと言えなくて、けど君と一緒にいたくて勝負してた。……まあ、燦は強いから勝負したい。というのもあったけど。

……彼女の能力『自動書記』(自分で考えなくても、頭の中で考えた想いや、言葉を勝手に書き記す)で書かれたりするから、まるで実況中継のようだ。

 日記を持っていなくてもその時書けるから便利って言ってたっけ……あの得意げな笑顔で……もう見る事は叶わないけど……。

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