episode:1
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「…………案外遅かったな。」
『…………えっ?』
望んでいた謝罪の機会は、思わぬ形で訪れることになる。今日の第一回目のショーで、私が大変な失礼をしてしまった、クージョージョータロー君が、水族館の裏手にあるスタッフ専用出入口の、目の前に立っている。それもタバコをふかして。足元に何本もタバコが落ちていることから、きっと第1回目のショーから随分待っていたんだと鈍い私でもすぐ気づく。え?誰を?まさか?っていうか待ってたって、今はもう夕方だ、あれから何時間経ったと思ってるの?
「………ショーってのは1日に何回もやるのか。」
『あ、そ、そう、かな……』
私がぐるぐると思考を回しているうちに、クージョージョータロー君は吸いかけてたタバコをグリグリと踏みつけて、吸殻を拾いながらこちらを見ずに話しかける。ステージの上でなきゃ、私は積極的に人とコミュニケーションをとることなんて出来なくて、思わず吃ってしまう。
吸殻を全て拾い終えたのか、クージョージョータロー君はズカズカと私が突っ立っている方へと近づいてくる。ステージの上からならあんなに伝わってきた彼の雰囲気?のようなものは、今は全く見えないし感じられない。あぁそもそもステージの上から感じた彼の雰囲気は結局私がそう思いたいだけのものってしたじゃないか。と、そうこう考えているうちに、彼との距離がもう少し手を伸ばせば当たる距離にまで近づいている。
「………悪かった。」
『………へ?』
思わず耳を疑う。彼の言葉を反芻したところで、極度の緊張で混乱した頭ではえ?今、彼はなんて?と疑問が浮かぶだけだ。
「………アンタが、オネーサンが固まっちまったこと、だぜ。少々口が悪かったと、謝りに来た。それだけだ。じゃあな。」
ひらり、とすぐ側にあった学ランが翻って、ああ、彼が行ってしまう。と思った頃には、私はがし、と強く彼の学ランの裾を掴んで彼を引き止めていた。驚いて歩みを止めた彼を見て、私も驚いてぱっ、と手を離してしまう。
違う、彼は悪くないのだ。言わなければ、私が言わなければ、と、はくはくと口を開閉して、深呼吸。大丈夫、クージョージョータロー君も、待っていてくれる人だ。じ、と私を見下ろす彼の綺麗な瞳が、不思議と私を落ち着かせてくれる。
『あの、その……クージョージョータロー君……は、わるく、ない……です。私が、全部悪くて………』
「……オイオイ、どうしてそうなるってんだ。オネーサン。」
『私が………君に、お節介を焼いてしまったから……その、私ずっと、そうで………だから君に言われたこと、酷くなんかない、です……本当のことだから……私が【どうかしている】っていうの……』
あ、自分で言っててちょっと悲しい。と、我ながらまた情けなく思うも、静かに聞いてくれる彼に、私も言葉が止まらない。あぁ、恥ずかしい、情けない。こんな弱い姿を、何も知らない、お客様のこの子に話すだなんて。
「……オネーサン」
『う、そ、そういうことだから、あなたは悪くないから、気にしないで……!』
かばんをぎゅ、と握って、走り出して気まずさと情けなさから逃げようと思った時だった。今度は彼が私の腕をとって、私を逃がすまいとグイ、と私を元の位置にまで引き戻してしまう。思わずぐらりと傾きそうになるのを、必死の体幹で耐えて体勢を整える。
「……やっぱり、俺の言葉が悪かったようだ、オネーサン。俺はアンタに傷ついて欲しくてそう言った訳じゃあねーんだぜ。」
『そ、れは、あの……』
「言葉を変えるなら、「変わっている」と、言うべきか。」
『か、「変わっている」…………』
それは意味が違うのだろうか?どうかしている、からさほど変わらないような意味の言葉に私が狼狽えていると、ちょっと面倒くさそうに彼が眉間に皺を寄せ、私に伝えるための言葉を考えているようだ。まぁ、ここまで来てしまったらいっその事酷いことでもなんでも言われたって、全てメンタル強化のために消化しようと腹を括る。なんたって彼はお客様で、失礼をしたのは私なのだから。
「………俺は、この見てくれで分かるとは思うが、所謂不良と言うやつだ。大抵の奴らは俺の顔や姿を見ただけで怯えてしっぽ巻いて逃げるもんだ。」
『え?あ、はい……え?』
「寄ってくるのは、うるせぇアマ達位なもんだ。どの道、俺は見た目ってので人に勝手な憶測でものを言われることが殆どだ。それ自体は、自分が好きでやってる格好だ、文句言う筋合いもねーが。」
『は、はぁ………』
彼が何を言いたいのかが、私にはもはやてんでわからなくなってしまっていた。だって彼が嫌いなのであろう憶測でものを言ったのは私も変わらないのだ。それについて怒っている、ということなのだろうか?でもそれではなんとなく、違う気がする。彼は今、私に怒りを覚えてない。戸惑いとかそーゆー、そっちの方だと思う。それもまた、私の憶測なのだけど。
そういえば、さっき佐藤さんと東堂さんが言ってた事と一緒だろうか。外見で判断して悪いものを想像するという話だったりするのだろうか。今度は私がじ、とクージョージョータロー君を見つめて待機する。
「……アンタが最初俺に手を振った時は、オネーサンもうるせぇアマ達の類かと思ったんだが、すぐに違うと分かった。アンタは自己紹介の時、ショーを客と楽しみたいと言ったな。嘘じゃないと思った。だから、俺は、イルカのショーを………楽しめた。イルカに触りてぇのも、そうだ。オネーサンは、なぜだか俺の事を分かってるように俺を呼んだな。」
『え、あ………よかった………やっぱり、イルカ、好きだったんだ。お魚も。』
「………あぁ。それを誰にだって俺は言ったことがないんだぜ。オネーサンは俺を見かけで判断せずに、貴重な経験をさせてくれた………俺の周りには居なかったタイプだった。だから【おかしい】と【変わってる】と思ったんだ。」
『そ、うだったんだ………』
彼は、礼を言わなきゃならなかったんだぜ。とそう言って、ぎこちなくありがとう。と口にする。私は、彼に限っては憶測じゃなかったんだ、と安心して、そしてやっぱり謝らなくちゃなって、そう思った。
『うん………嬉しい、ありがとう。そして、ごめんなさい、クージョージョータロー君……勝手に勘違いをして、あなたのその思いをきちんと理解できなかったこと………気を遣わせてしまったことは、謝らせてね。本当にごめんなさい。』
私の謝罪を聞いて、納得してないような、不機嫌そうな顔になる彼を止めて、その後言おうとした、私の願望を彼の目を見て、ここで私を待っていてくれた彼に、伝えたくて。
『あ、のね、クージョージョータロー君。イルカのショー、楽しめたって言ってくれて、ありがとう。あのね、私今、色々なショーの形を考えていて、きっとこれから、もっとこの水族館のイルカショーは良くなっていくから………だから、また………見に来てくれるかな………!』
楽しんでもらいたい。この目の前の男の子が、顔に出るくらいのすごいショーを、私が、私たちが作ってみたい。
「………また俺が行ってもいいのか。」
『うん。』
「………またイルカ、触れるか。」
『うん!』
「……………そうか。」
ふ、と。今まで怖い顔をしていたクージョージョータローくんは優しく笑って、今度こそじゃあなと手を振って去っていく。その後ろ姿を見送って、私はチラ、と自分のカバンを見て、ふぅ。と深呼吸をして、従業員の出入口に踵を返す。
私のカバンの中には、大量の企画書と資料がある。もっと、もっと、感動してもらいたい、笑顔にしたい。その為に頑張って勉強したんだもの。やってみたい、全力で。
私は拳をぐっ、と握りながら、クージョージョータロー君に貰った勇気を持って、コンコン、と館長室へと入ったのだった。
「…………案外遅かったな。」
『…………えっ?』
望んでいた謝罪の機会は、思わぬ形で訪れることになる。今日の第一回目のショーで、私が大変な失礼をしてしまった、クージョージョータロー君が、水族館の裏手にあるスタッフ専用出入口の、目の前に立っている。それもタバコをふかして。足元に何本もタバコが落ちていることから、きっと第1回目のショーから随分待っていたんだと鈍い私でもすぐ気づく。え?誰を?まさか?っていうか待ってたって、今はもう夕方だ、あれから何時間経ったと思ってるの?
「………ショーってのは1日に何回もやるのか。」
『あ、そ、そう、かな……』
私がぐるぐると思考を回しているうちに、クージョージョータロー君は吸いかけてたタバコをグリグリと踏みつけて、吸殻を拾いながらこちらを見ずに話しかける。ステージの上でなきゃ、私は積極的に人とコミュニケーションをとることなんて出来なくて、思わず吃ってしまう。
吸殻を全て拾い終えたのか、クージョージョータロー君はズカズカと私が突っ立っている方へと近づいてくる。ステージの上からならあんなに伝わってきた彼の雰囲気?のようなものは、今は全く見えないし感じられない。あぁそもそもステージの上から感じた彼の雰囲気は結局私がそう思いたいだけのものってしたじゃないか。と、そうこう考えているうちに、彼との距離がもう少し手を伸ばせば当たる距離にまで近づいている。
「………悪かった。」
『………へ?』
思わず耳を疑う。彼の言葉を反芻したところで、極度の緊張で混乱した頭ではえ?今、彼はなんて?と疑問が浮かぶだけだ。
「………アンタが、オネーサンが固まっちまったこと、だぜ。少々口が悪かったと、謝りに来た。それだけだ。じゃあな。」
ひらり、とすぐ側にあった学ランが翻って、ああ、彼が行ってしまう。と思った頃には、私はがし、と強く彼の学ランの裾を掴んで彼を引き止めていた。驚いて歩みを止めた彼を見て、私も驚いてぱっ、と手を離してしまう。
違う、彼は悪くないのだ。言わなければ、私が言わなければ、と、はくはくと口を開閉して、深呼吸。大丈夫、クージョージョータロー君も、待っていてくれる人だ。じ、と私を見下ろす彼の綺麗な瞳が、不思議と私を落ち着かせてくれる。
『あの、その……クージョージョータロー君……は、わるく、ない……です。私が、全部悪くて………』
「……オイオイ、どうしてそうなるってんだ。オネーサン。」
『私が………君に、お節介を焼いてしまったから……その、私ずっと、そうで………だから君に言われたこと、酷くなんかない、です……本当のことだから……私が【どうかしている】っていうの……』
あ、自分で言っててちょっと悲しい。と、我ながらまた情けなく思うも、静かに聞いてくれる彼に、私も言葉が止まらない。あぁ、恥ずかしい、情けない。こんな弱い姿を、何も知らない、お客様のこの子に話すだなんて。
「……オネーサン」
『う、そ、そういうことだから、あなたは悪くないから、気にしないで……!』
かばんをぎゅ、と握って、走り出して気まずさと情けなさから逃げようと思った時だった。今度は彼が私の腕をとって、私を逃がすまいとグイ、と私を元の位置にまで引き戻してしまう。思わずぐらりと傾きそうになるのを、必死の体幹で耐えて体勢を整える。
「……やっぱり、俺の言葉が悪かったようだ、オネーサン。俺はアンタに傷ついて欲しくてそう言った訳じゃあねーんだぜ。」
『そ、れは、あの……』
「言葉を変えるなら、「変わっている」と、言うべきか。」
『か、「変わっている」…………』
それは意味が違うのだろうか?どうかしている、からさほど変わらないような意味の言葉に私が狼狽えていると、ちょっと面倒くさそうに彼が眉間に皺を寄せ、私に伝えるための言葉を考えているようだ。まぁ、ここまで来てしまったらいっその事酷いことでもなんでも言われたって、全てメンタル強化のために消化しようと腹を括る。なんたって彼はお客様で、失礼をしたのは私なのだから。
「………俺は、この見てくれで分かるとは思うが、所謂不良と言うやつだ。大抵の奴らは俺の顔や姿を見ただけで怯えてしっぽ巻いて逃げるもんだ。」
『え?あ、はい……え?』
「寄ってくるのは、うるせぇアマ達位なもんだ。どの道、俺は見た目ってので人に勝手な憶測でものを言われることが殆どだ。それ自体は、自分が好きでやってる格好だ、文句言う筋合いもねーが。」
『は、はぁ………』
彼が何を言いたいのかが、私にはもはやてんでわからなくなってしまっていた。だって彼が嫌いなのであろう憶測でものを言ったのは私も変わらないのだ。それについて怒っている、ということなのだろうか?でもそれではなんとなく、違う気がする。彼は今、私に怒りを覚えてない。戸惑いとかそーゆー、そっちの方だと思う。それもまた、私の憶測なのだけど。
そういえば、さっき佐藤さんと東堂さんが言ってた事と一緒だろうか。外見で判断して悪いものを想像するという話だったりするのだろうか。今度は私がじ、とクージョージョータロー君を見つめて待機する。
「……アンタが最初俺に手を振った時は、オネーサンもうるせぇアマ達の類かと思ったんだが、すぐに違うと分かった。アンタは自己紹介の時、ショーを客と楽しみたいと言ったな。嘘じゃないと思った。だから、俺は、イルカのショーを………楽しめた。イルカに触りてぇのも、そうだ。オネーサンは、なぜだか俺の事を分かってるように俺を呼んだな。」
『え、あ………よかった………やっぱり、イルカ、好きだったんだ。お魚も。』
「………あぁ。それを誰にだって俺は言ったことがないんだぜ。オネーサンは俺を見かけで判断せずに、貴重な経験をさせてくれた………俺の周りには居なかったタイプだった。だから【おかしい】と【変わってる】と思ったんだ。」
『そ、うだったんだ………』
彼は、礼を言わなきゃならなかったんだぜ。とそう言って、ぎこちなくありがとう。と口にする。私は、彼に限っては憶測じゃなかったんだ、と安心して、そしてやっぱり謝らなくちゃなって、そう思った。
『うん………嬉しい、ありがとう。そして、ごめんなさい、クージョージョータロー君……勝手に勘違いをして、あなたのその思いをきちんと理解できなかったこと………気を遣わせてしまったことは、謝らせてね。本当にごめんなさい。』
私の謝罪を聞いて、納得してないような、不機嫌そうな顔になる彼を止めて、その後言おうとした、私の願望を彼の目を見て、ここで私を待っていてくれた彼に、伝えたくて。
『あ、のね、クージョージョータロー君。イルカのショー、楽しめたって言ってくれて、ありがとう。あのね、私今、色々なショーの形を考えていて、きっとこれから、もっとこの水族館のイルカショーは良くなっていくから………だから、また………見に来てくれるかな………!』
楽しんでもらいたい。この目の前の男の子が、顔に出るくらいのすごいショーを、私が、私たちが作ってみたい。
「………また俺が行ってもいいのか。」
『うん。』
「………またイルカ、触れるか。」
『うん!』
「……………そうか。」
ふ、と。今まで怖い顔をしていたクージョージョータローくんは優しく笑って、今度こそじゃあなと手を振って去っていく。その後ろ姿を見送って、私はチラ、と自分のカバンを見て、ふぅ。と深呼吸をして、従業員の出入口に踵を返す。
私のカバンの中には、大量の企画書と資料がある。もっと、もっと、感動してもらいたい、笑顔にしたい。その為に頑張って勉強したんだもの。やってみたい、全力で。
私は拳をぐっ、と握りながら、クージョージョータロー君に貰った勇気を持って、コンコン、と館長室へと入ったのだった。