episode:1
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本当に私が小さい頃、水に浸かるということはとても恐ろしいことだと思って、お風呂にだってお母さんに付き添ってもらうくらい、私は水というものが怖かった時期がありました。
今となってはなんでそんなに怖かったのか分からないのですが、多分、呼吸が出来ないと言う感覚に脅えていたのでしょう。当たり前のことを【知らない】内は、人はなんでも恐ろしく感じてしまうものだと、父は笑って言いました。
ちゃぷ、と足からゆっくりと、体を慣らしながら入水し、朝日を浴びて伸びをして、気持ちのいい空気を胸いっぱいに吸った後、私はゆっくりと水の中に沈んでいく。
そうすると待ってましたと言わんばかりに深い水の底から勢いよく、私のパートナーのイルカ、名前を「ラブ」というメスのイルカが可愛く鳴きながら寄ってきました。
『《おはよう、ラブ。体調はどう?》』
「《バッチリよ。今日もお客さんを喜ばせてあげるんだから。》」
『《フフ、気合いいっぱいだね、ラブ。私も負けないように今日も頑張るよ!》』
「《私と貴方で、今日も最高のショーにするのよ!》」
私と私のパートナーのおしゃべりは、水中では私もイルカと同じように、エコーロケーションのような音に聞こえているのだろうか。そうなると私が人の言葉ではなくイルカと同等のパルス音でものを会話出来るということになってしまう為、そうなると私は最早人間という生物の枠を超えてしまう存在になるのだけれど。
この能力を私は生まれつき持っていたから、私にはなぜ皆が動物との会話が出来ないのか、不思議に思っていました。ですが私の方がおかしいのだと知る歳月はとても短いもので、この能力を口外することをやめました。
イルカだけでなく、色んな動物と会話をしている時、色んな人とすれ違うこともありますが、1度も不審な目で見られたことは無いので、もしかしたらテレパシー?とかそういう超能力?的なものを私は持っていたのかもしれません。
それを特別な力だとは思いますが、私はそれで自分が優れている、と感じることはありませんでした。たとえ特別でも、私はできない事の方が多くて、その補完でこの能力を神様が見かねて付けてくれたんじゃないかな、と思うのです。
「《そろそろ貴方、朝礼の時間じゃない?私の背に乗ってもいいわよ。水面まで送ってあげる。》」
『《え?もう?ありがとう、ラブ。また後で!》』
ラブはとても面倒見のいい女の子で、何だか世話をする側の私がお世話をされている感じがする。むしろ確実にされている。
ちょっぴり恥ずかしいな、と思ったけれど、ラブの背中に乗せて貰って泳ぐのは、私というパートナーの特権なので、口元を緩めて揺蕩う水面に出るのを待つ。
真新しい酸素が取り込まれ、私はラブに短く挨拶をしてから急いで朝礼へと向かう。
いつも通り館長から激励を頂き、慌ただしく水族館は開園する。
今日は週の初めの平日ということで、開園と同時に入園されるお客様はとても少ない。スタッフたちは気楽に、というのも少し言葉が悪いかもしれないが、余裕を持って各自の仕事を着々とこなしていく。
私も先輩トレーナーの佐藤さんと東堂さんと共に、ショーのリハーサルと打ち合わせを念入りに行い、心配事が残らないようにきちんとお互いの意見を交換し合い、ショーの時間まで雑談に花を咲かせる。
「ところで叶絵ちゃん。この仕事にも慣れてきた?……って、当たり障りないこと聞いちゃったけど、聞くまでもなかったわよね。」
きゅ、とサイドで結んだ髪を結び直し、人当たりのいい爽やかな笑顔で私を見る、4つ上の先輩、東堂さんが私にそう聞く。その声はとってもやさしくて、人と話す時にとても緊張して、話すのに時間がかかってしまう私を焦らせずに、落ち着かせるように待ってくれる。
『ええと、はい……あの、東堂さんの…皆さんのお陰です!まだまだ助けられてばかりの頼りない新人ですけど……』
「謙遜しなくっていーって!ぶっちゃけ嫉妬するくらいよ?俺。6年トレーナーやってるけどさ、春から入った新人がまさかもうショーの大目玉を飾るよーになっちゃうとは思わんじゃん!」
「佐藤さんうるさいです。でも、言ってることには同意!だって本当、ラブと貴方って一心同体みたいなんだもん。」
『そ、そんな……!』
2人のべた褒めに、思わず「ラブとお話出来るこの能力のおかげです!」なんて言う訳にもいかず、あれだけイルカと心を通わせるノウハウを教えてくれとせがむ佐藤さんを止める東堂さんに、アタフタしながらもあたたかい笑いが生まれる。
いくら私とラブがショーや芸を沢山できても、私自身の緊張しいは自分の気持ち次第なのである。2人はこうして私とコミュニケーションをとることで、私の緊張を解してくれるのだ。それに気づいたのはとても最近だけれど、気づいてからは2人のことがもっと好きになって、尊敬して、憧れた。私も2人のように人に優しくありたいと思ったのだ。
11時少し手前、開園より1時間弱。イルカショーのアナウンスが館内に流れ、まばらな人だかりがステージの観客席に埋まっていく。水族館の目玉、イルカショーの第一回目の公演である。
「よし!館長から許可も出たし、今日は叶絵ちゃんの案でいってみよっか!」
『え!?許可が降りたんですか!?』
「そうよ!楽しそうよね!【イルカとの触れ合いタイム】!本当にナイスアイディアだったわ!まぁ今回は平日で試運転、って感じの気楽なものだし、アドリブでやっちゃうけどね!」
『は、はい!よろしくお願いします!』
どうやら、先日館長に提出した新しいイベントのアイデア案が通ったらしく、今日から試しでやってみることになったそうだ。そのイベントというのが【イルカとの触れ合いタイム】というもので、イルカショーに付属して、観客席からトレーナーがランダムで人を選び、イルカへ触れることが出来るイベントなのです。
そうして喜んで浮き足立つ私の耳に届くショーの始まりの音楽が流れ、佐藤さんが相方のシュガーの背中に乗る。続いて東堂さんも相方のマリンの背中に乗り、私も慌てて舞台袖で待機していたラブの背中に乗る。
私たちのショーの始まりは、トレーナー3人でイルカの背中に立ち、水面を滑るように登場するのが、定番の掴みなのである。これで1度目の拍手がお客様からいただけるのだけれど、私はいずれもっとアクロバティックな登場の仕方とかも良いんじゃないか、とまたアイデア案を詰めて館長にお渡ししようと画策している。
いつも通りの登場にぱちぱちとちょっと控えめな拍手が上がる。丁度お父さんがお休みなのか、家族のお客様が多いようだ。そうして観客席に手を振りながら視線を這わすと、ふ、とまだじんわりと汗ばむ季節にもかかわらず、真っ黒な服装のお客様を1人、見つける。
『(学生さん……かな?学ランだよね…?オシャレさんなのかも。鎖とか着いてて最近の若い子は凄いなぁ。)』
ラブの背中から、じ、といつもの観客席には珍しい学生と思わしき男の子を見つめてしまう。佐藤さんの自己紹介が終わり、東堂さんの自己紹介に入る。
『(……イルカ好きなのかな。学校の行事でもあったっけ?でも嬉しいな、すごい熱心に見てくれてるみたい。)』
「………」
『(あ、目が合った?手、振ってみようかな。)』
じ、と東堂さんの自己紹介の間も、彼の姿を見つめていると、ふと視線が合う。私はその男の子がイルカショーを見に来てくれたことが嬉しくて、思わず笑顔で、ちょっと控えめにひらひら、と手を振ってみる。
男の子は手を振り返すことはなかったけど、被っていた帽子の鍔を下げて顔を隠してしまった。余計なことをしてしまっただろうか、途端浮ついていた気持ちが沈む。
少ししょんぼりとしていたら、東堂さんからマイクを渡される。どうやら自己紹介が終わったようだ。私はラブの背中に立ったまま、ドキドキと鳴る心臓を落ち着かせるように少し深めの深呼吸をし、めいいっぱい声を出す
『【皆さんはじめまして!新人トレーナーの「叶絵」と、新人イルカの「ラブ」です!まだまだ未熟ですけど、ラブと一緒にこのショーを皆さんと楽しめたらいいなって思います!よろしくお願いします!】』
ラブの背中でぺこり!と勢いよく頭を下げた私に、ぱちぱちと控えめな拍手が鳴る。ちら、と先程手を振ってみた学生さんを見ると、たどたどしく拍手してくれていたので、思わず破顔してしまうだらしのない顔になってしまう。
自己紹介も終わり、イルカのショーが始まる。佐藤さんとシュガーによる輪投げ、東堂さんとマリンによるボールを使った小技など、徐々にお客さんの感嘆の声も大きくなり始め、イルカショーの大目玉である、高い位置に吊るされた輪っかを、3人と3頭が息を合わせての大ジャンプ。
特にミスもなく、やり切れたショー。お客様の笑顔と、拍手。あぁ、やっぱり私、イルカトレーナーになれて良かった。と、お客様に負けじと顔いっぱいの笑顔で手を振りながら、3人と3頭は頭を下げる。
さて、いつもならここでショーは終わりなのだが、今日は私の案の試運転がある。ここでのお客様の素直な反応により、今後このイベントが定常になるかどうかが検討されていくのである。どうか喜んで貰えますようにと、笑顔の下で神様にお祈りする。
「皆様本日のショーは楽しんで頂けましたでしょうか!!」
佐藤さんの大きなその声に同意の声と拍手がチラホラと上がる。ショーでお客さんの心はイルカ達に奪われてしまっているようで、ほう、と感嘆したように皆イルカたちを見つめている。
「そして本日はなんと、私たち3人のトレーナーが指名した方に【イルカとの触れ合いタイム】を実施したいと思います!!」
東堂さんのそのハキハキとした声に、子供さんの嬉しそうな声と力強い拍手が運ばれる。どうやら掴みはできたらしい、私たち3人はイルカの上から顔を見合わせ、にやぁーっと口角を上げる。
お客様も少ないので、私たち3人は子供のお客様を優先しようと指名したのだが、親子組は佐藤さんと東堂さんが指名してしまったので、残る一枠を私が選んで指名することになったのです。
恐る恐る客席を見渡すと、ふ、と。誰かの視線を感じたのでそちらを見ると、先程から熱心にこのイルカショーを見てくれている学生さんと目が合った。なんとなく、その学生さんはきっとイルカが好きなんだろうなぁ、と思い、私はインカムを調整しながら、笑顔でその男の子を指名する。
『《そこの学生さん!ステージにおりてきてください!》』
「ッ!?」
「ちょ、っと、叶絵ちゃん!?」
『え?』
学生さんは私に指名されると、驚きと、困惑と、多分嬉しさを滲ませた、ように見えた。と、同時に東堂さんにぐい、と引っ張られ何かを言いかけそうになっているも、東堂さんはゆっくりと立ち上がった学生さんの姿を見て諦めたように首を振る。
ステージに来てくれた親子連れの中のお父さんより、かなり大きい客席にいた学生さんが、ずうんと私の前に立つ。……やっぱり、なんとなく嬉しそうな感じに私は見えたのである。
佐藤さんと東堂さんが呼び込んだ親子連れのお子さんにマイクを渡し、お名前を大きな声で言ってくれては、私がラブとマリン、シュガーに《拍手して》と会話をしたので合わせてイルカ達がぱちぱちと尾ひれを地面に合わせて拍手をする。渡されたマイクをぎゅ、と持っては、すっ。と学生さんにマイクを渡す。
「…………」
『……学生さん、ですよね?』
「……あァ。それがどーしたっていうんだ、オネーサン。」
『イルカのショー、すごく真剣に見てくれてて嬉しかったの。イルカ、好きなのかなって思ったので呼んじゃいました!お名前を教えてください!』
私が笑顔を向けると、学生さんはどこか驚いた表情で私を見つめて、ちら、とイルカたちを見て、また私を見て、ソワソワと少し緊張しながらも、マイクを握ってたしかにこう言いました。
「………【空条承太郎】………」
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これがはじめての出会い。
本当に私が小さい頃、水に浸かるということはとても恐ろしいことだと思って、お風呂にだってお母さんに付き添ってもらうくらい、私は水というものが怖かった時期がありました。
今となってはなんでそんなに怖かったのか分からないのですが、多分、呼吸が出来ないと言う感覚に脅えていたのでしょう。当たり前のことを【知らない】内は、人はなんでも恐ろしく感じてしまうものだと、父は笑って言いました。
ちゃぷ、と足からゆっくりと、体を慣らしながら入水し、朝日を浴びて伸びをして、気持ちのいい空気を胸いっぱいに吸った後、私はゆっくりと水の中に沈んでいく。
そうすると待ってましたと言わんばかりに深い水の底から勢いよく、私のパートナーのイルカ、名前を「ラブ」というメスのイルカが可愛く鳴きながら寄ってきました。
『《おはよう、ラブ。体調はどう?》』
「《バッチリよ。今日もお客さんを喜ばせてあげるんだから。》」
『《フフ、気合いいっぱいだね、ラブ。私も負けないように今日も頑張るよ!》』
「《私と貴方で、今日も最高のショーにするのよ!》」
私と私のパートナーのおしゃべりは、水中では私もイルカと同じように、エコーロケーションのような音に聞こえているのだろうか。そうなると私が人の言葉ではなくイルカと同等のパルス音でものを会話出来るということになってしまう為、そうなると私は最早人間という生物の枠を超えてしまう存在になるのだけれど。
この能力を私は生まれつき持っていたから、私にはなぜ皆が動物との会話が出来ないのか、不思議に思っていました。ですが私の方がおかしいのだと知る歳月はとても短いもので、この能力を口外することをやめました。
イルカだけでなく、色んな動物と会話をしている時、色んな人とすれ違うこともありますが、1度も不審な目で見られたことは無いので、もしかしたらテレパシー?とかそういう超能力?的なものを私は持っていたのかもしれません。
それを特別な力だとは思いますが、私はそれで自分が優れている、と感じることはありませんでした。たとえ特別でも、私はできない事の方が多くて、その補完でこの能力を神様が見かねて付けてくれたんじゃないかな、と思うのです。
「《そろそろ貴方、朝礼の時間じゃない?私の背に乗ってもいいわよ。水面まで送ってあげる。》」
『《え?もう?ありがとう、ラブ。また後で!》』
ラブはとても面倒見のいい女の子で、何だか世話をする側の私がお世話をされている感じがする。むしろ確実にされている。
ちょっぴり恥ずかしいな、と思ったけれど、ラブの背中に乗せて貰って泳ぐのは、私というパートナーの特権なので、口元を緩めて揺蕩う水面に出るのを待つ。
真新しい酸素が取り込まれ、私はラブに短く挨拶をしてから急いで朝礼へと向かう。
いつも通り館長から激励を頂き、慌ただしく水族館は開園する。
今日は週の初めの平日ということで、開園と同時に入園されるお客様はとても少ない。スタッフたちは気楽に、というのも少し言葉が悪いかもしれないが、余裕を持って各自の仕事を着々とこなしていく。
私も先輩トレーナーの佐藤さんと東堂さんと共に、ショーのリハーサルと打ち合わせを念入りに行い、心配事が残らないようにきちんとお互いの意見を交換し合い、ショーの時間まで雑談に花を咲かせる。
「ところで叶絵ちゃん。この仕事にも慣れてきた?……って、当たり障りないこと聞いちゃったけど、聞くまでもなかったわよね。」
きゅ、とサイドで結んだ髪を結び直し、人当たりのいい爽やかな笑顔で私を見る、4つ上の先輩、東堂さんが私にそう聞く。その声はとってもやさしくて、人と話す時にとても緊張して、話すのに時間がかかってしまう私を焦らせずに、落ち着かせるように待ってくれる。
『ええと、はい……あの、東堂さんの…皆さんのお陰です!まだまだ助けられてばかりの頼りない新人ですけど……』
「謙遜しなくっていーって!ぶっちゃけ嫉妬するくらいよ?俺。6年トレーナーやってるけどさ、春から入った新人がまさかもうショーの大目玉を飾るよーになっちゃうとは思わんじゃん!」
「佐藤さんうるさいです。でも、言ってることには同意!だって本当、ラブと貴方って一心同体みたいなんだもん。」
『そ、そんな……!』
2人のべた褒めに、思わず「ラブとお話出来るこの能力のおかげです!」なんて言う訳にもいかず、あれだけイルカと心を通わせるノウハウを教えてくれとせがむ佐藤さんを止める東堂さんに、アタフタしながらもあたたかい笑いが生まれる。
いくら私とラブがショーや芸を沢山できても、私自身の緊張しいは自分の気持ち次第なのである。2人はこうして私とコミュニケーションをとることで、私の緊張を解してくれるのだ。それに気づいたのはとても最近だけれど、気づいてからは2人のことがもっと好きになって、尊敬して、憧れた。私も2人のように人に優しくありたいと思ったのだ。
11時少し手前、開園より1時間弱。イルカショーのアナウンスが館内に流れ、まばらな人だかりがステージの観客席に埋まっていく。水族館の目玉、イルカショーの第一回目の公演である。
「よし!館長から許可も出たし、今日は叶絵ちゃんの案でいってみよっか!」
『え!?許可が降りたんですか!?』
「そうよ!楽しそうよね!【イルカとの触れ合いタイム】!本当にナイスアイディアだったわ!まぁ今回は平日で試運転、って感じの気楽なものだし、アドリブでやっちゃうけどね!」
『は、はい!よろしくお願いします!』
どうやら、先日館長に提出した新しいイベントのアイデア案が通ったらしく、今日から試しでやってみることになったそうだ。そのイベントというのが【イルカとの触れ合いタイム】というもので、イルカショーに付属して、観客席からトレーナーがランダムで人を選び、イルカへ触れることが出来るイベントなのです。
そうして喜んで浮き足立つ私の耳に届くショーの始まりの音楽が流れ、佐藤さんが相方のシュガーの背中に乗る。続いて東堂さんも相方のマリンの背中に乗り、私も慌てて舞台袖で待機していたラブの背中に乗る。
私たちのショーの始まりは、トレーナー3人でイルカの背中に立ち、水面を滑るように登場するのが、定番の掴みなのである。これで1度目の拍手がお客様からいただけるのだけれど、私はいずれもっとアクロバティックな登場の仕方とかも良いんじゃないか、とまたアイデア案を詰めて館長にお渡ししようと画策している。
いつも通りの登場にぱちぱちとちょっと控えめな拍手が上がる。丁度お父さんがお休みなのか、家族のお客様が多いようだ。そうして観客席に手を振りながら視線を這わすと、ふ、とまだじんわりと汗ばむ季節にもかかわらず、真っ黒な服装のお客様を1人、見つける。
『(学生さん……かな?学ランだよね…?オシャレさんなのかも。鎖とか着いてて最近の若い子は凄いなぁ。)』
ラブの背中から、じ、といつもの観客席には珍しい学生と思わしき男の子を見つめてしまう。佐藤さんの自己紹介が終わり、東堂さんの自己紹介に入る。
『(……イルカ好きなのかな。学校の行事でもあったっけ?でも嬉しいな、すごい熱心に見てくれてるみたい。)』
「………」
『(あ、目が合った?手、振ってみようかな。)』
じ、と東堂さんの自己紹介の間も、彼の姿を見つめていると、ふと視線が合う。私はその男の子がイルカショーを見に来てくれたことが嬉しくて、思わず笑顔で、ちょっと控えめにひらひら、と手を振ってみる。
男の子は手を振り返すことはなかったけど、被っていた帽子の鍔を下げて顔を隠してしまった。余計なことをしてしまっただろうか、途端浮ついていた気持ちが沈む。
少ししょんぼりとしていたら、東堂さんからマイクを渡される。どうやら自己紹介が終わったようだ。私はラブの背中に立ったまま、ドキドキと鳴る心臓を落ち着かせるように少し深めの深呼吸をし、めいいっぱい声を出す
『【皆さんはじめまして!新人トレーナーの「叶絵」と、新人イルカの「ラブ」です!まだまだ未熟ですけど、ラブと一緒にこのショーを皆さんと楽しめたらいいなって思います!よろしくお願いします!】』
ラブの背中でぺこり!と勢いよく頭を下げた私に、ぱちぱちと控えめな拍手が鳴る。ちら、と先程手を振ってみた学生さんを見ると、たどたどしく拍手してくれていたので、思わず破顔してしまうだらしのない顔になってしまう。
自己紹介も終わり、イルカのショーが始まる。佐藤さんとシュガーによる輪投げ、東堂さんとマリンによるボールを使った小技など、徐々にお客さんの感嘆の声も大きくなり始め、イルカショーの大目玉である、高い位置に吊るされた輪っかを、3人と3頭が息を合わせての大ジャンプ。
特にミスもなく、やり切れたショー。お客様の笑顔と、拍手。あぁ、やっぱり私、イルカトレーナーになれて良かった。と、お客様に負けじと顔いっぱいの笑顔で手を振りながら、3人と3頭は頭を下げる。
さて、いつもならここでショーは終わりなのだが、今日は私の案の試運転がある。ここでのお客様の素直な反応により、今後このイベントが定常になるかどうかが検討されていくのである。どうか喜んで貰えますようにと、笑顔の下で神様にお祈りする。
「皆様本日のショーは楽しんで頂けましたでしょうか!!」
佐藤さんの大きなその声に同意の声と拍手がチラホラと上がる。ショーでお客さんの心はイルカ達に奪われてしまっているようで、ほう、と感嘆したように皆イルカたちを見つめている。
「そして本日はなんと、私たち3人のトレーナーが指名した方に【イルカとの触れ合いタイム】を実施したいと思います!!」
東堂さんのそのハキハキとした声に、子供さんの嬉しそうな声と力強い拍手が運ばれる。どうやら掴みはできたらしい、私たち3人はイルカの上から顔を見合わせ、にやぁーっと口角を上げる。
お客様も少ないので、私たち3人は子供のお客様を優先しようと指名したのだが、親子組は佐藤さんと東堂さんが指名してしまったので、残る一枠を私が選んで指名することになったのです。
恐る恐る客席を見渡すと、ふ、と。誰かの視線を感じたのでそちらを見ると、先程から熱心にこのイルカショーを見てくれている学生さんと目が合った。なんとなく、その学生さんはきっとイルカが好きなんだろうなぁ、と思い、私はインカムを調整しながら、笑顔でその男の子を指名する。
『《そこの学生さん!ステージにおりてきてください!》』
「ッ!?」
「ちょ、っと、叶絵ちゃん!?」
『え?』
学生さんは私に指名されると、驚きと、困惑と、多分嬉しさを滲ませた、ように見えた。と、同時に東堂さんにぐい、と引っ張られ何かを言いかけそうになっているも、東堂さんはゆっくりと立ち上がった学生さんの姿を見て諦めたように首を振る。
ステージに来てくれた親子連れの中のお父さんより、かなり大きい客席にいた学生さんが、ずうんと私の前に立つ。……やっぱり、なんとなく嬉しそうな感じに私は見えたのである。
佐藤さんと東堂さんが呼び込んだ親子連れのお子さんにマイクを渡し、お名前を大きな声で言ってくれては、私がラブとマリン、シュガーに《拍手して》と会話をしたので合わせてイルカ達がぱちぱちと尾ひれを地面に合わせて拍手をする。渡されたマイクをぎゅ、と持っては、すっ。と学生さんにマイクを渡す。
「…………」
『……学生さん、ですよね?』
「……あァ。それがどーしたっていうんだ、オネーサン。」
『イルカのショー、すごく真剣に見てくれてて嬉しかったの。イルカ、好きなのかなって思ったので呼んじゃいました!お名前を教えてください!』
私が笑顔を向けると、学生さんはどこか驚いた表情で私を見つめて、ちら、とイルカたちを見て、また私を見て、ソワソワと少し緊張しながらも、マイクを握ってたしかにこう言いました。
「………【空条承太郎】………」
━━━━━━━━━━━━━━━
これがはじめての出会い。