episode:2
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「《朝よー、起きて叶絵ー!》」
『……うーーーん………ふぁ………《おはようチュン子》』
「《そのナンセンスな名前で呼ぶのやめてよね。》」
『《朝から酷いなぁ………》』
小鳥の囁きと差し込む朝日に目が覚めて、気持ちのいい朝を迎えて、おはよう小鳥さん、なんていう映画のワンシーンの夢溢れるこのシチュエーションも、私にとっての現実はこう。近所に巣を作ってるチュン子(気に入ってもらえてないみたい。)が、アパートの敷地内にある木から窓を嘴でコンコンとノックして、私を起こす。さながらフライパンとおたま装備のお母さんのようだ。実際私の母はそんなことしなかったけれど。
ばさ、と布団を畳み、ぐいー、と背伸びをする。まだちょっと寝ぼけた頭を起こす為、立ち上がってコーヒーでも入れようかな、とキッチンに立つ。あぁそうだ、起こしてくれたお礼にチュン子にパンをあげなきゃ。そう思って昨日買って置いたパンに手をかけて、お湯を沸かす間に、窓を開ける。バサバサと羽音を立てて、私の肩に止まるチュン子に、ちょっと待ってねー、とパンの袋を開けながら声をかける。
「《今日は仕事とかいうの休みなのね。遊んであげようか?暇でしょ?友達もいないし。》」
『《うー、起き抜けに更に釘を指してくるなぁ………ふっふっふっ………しかーしチュン子さん!貴方はちょっと間違ってますねー!》』
「《何そのテンション、とりあえずパンくれる?お腹空いた。》」
『《ちょっとは私の話に興味持ってくれても良いんじゃないかな!?》』
肩を軽くつついて私を急かすチュン子に、ちぎったパンを渡しながら、私は立ち上がっていい感じに湧いてきたお湯を止める。ちぎった食パンをトースターに入れて、インスタントコーヒーをカップに入れてお湯を注ぐ。今は閉店してしまった、あの喫茶店のコーヒーの味には及ばないが、生憎私は自分で美味しいコーヒーを作れるほど器用でもない。いやむしろ、こうしてお家でインスタントコーヒーを嗜んでいるからこそ、外に行って喫茶店なんかで頂くコーヒーの味に感動できるのではないだろうか。うん、そういうことにしよう。
「《で?私の何が間違ってんの?話聞いてやるわよ。》」
『《んふふふ………今日はね!お出掛けなんだ!友達………ではないかもしれないけど!》』
「《相変わらず動物だけが友達なのね、寂しいやつ。でもお出かけねー………変な奴に着いてくんじゃないわよ?》」
『《私の事何歳児だと思ってるの………それに、大丈夫だよ。今日は。》』
「《なんで?》」
『《ふふ、私よりしっかりしてる子とお出かけするからだよ!》』
チーン、と小気味のいい音と共に、香ばしい匂いがする。食パンをトースターから取り出して、冷蔵庫からバターを取り出して塗る。そうしてるうちに、チュン子以外のスズメ達や、ハトたちも開いた窓からやってくる。
「《お出かけ?お出かけって言った?》」
「《えーー!叶絵がお出かけ!?友達できたの!?》」
「《お祝いに歌でも歌おうか!?》」
『《やだもう皆してー!酷いー!意地悪言うとパンあげないよ!》』
「「「《ちょーだい!》」」」
『《もーーー………調子いいんだから》』
………世の中のちびっこ達。色んな絵本で動物と会話出来るお姫様とかの話に憧れるちびっこ達。夢を奪うようなこと言いたくないけど、これが現実なの……なんて、心の中で愚痴を零しながらパンを齧る。時間は8時15分。承太郎君が私の家に迎えに来てくれて、今日は何と、映画館に行きます。なんで映画館かといいますと、なんでも隣町の映画館で動物系の感動映画がやる、とか。承太郎君から昨日教えてもらい、行きたいなー、と私が零すと。
「…………俺も、多少興味があった。明日休みと言ったな?叶絵さん。」
『あ、じゃあ一緒に行く?明日は土曜日だし……あ、承太郎君予定ある「無い。」…………じゃあ、どう、かな「行く。」………ウン………』
最近の承太郎君はちょっと距離とか勢いが凄い。知り合って早1ヶ月と半分くらいだけど、それだけ仲良くなれたって事なのだろうから嬉しいことなんだけど………未だ、お友達?みたいな感じにはイマイチなれてないと思うんだよね………。今更『お友達になってください!』なんて言えないし(恥ずかしいので)。私はそんなことを頬杖を着いてパンを齧りながら考える。行儀悪いわよ。とチュン子に頬をつつかれるので、頬杖をやめて背筋を伸ばしてパンを齧る。チュン子は本当にお母さんみたいだ。実質子スズメちゃん達もいるのでお母さんなんだけど。
『《………思い切って、オシャレ………してみようかな。》』
「《………え?マジ?》」
「《叶絵が?》」
『《いいじゃん!……あのね、そのしっかりした子。すっごくすっごくね、格好良い子なんだよ………!隣を歩く私が、ね!?いつも見たくだらしない格好で彷徨くのはヒッジョーーーに!!大人として!!マズイ!!》』
そうと決まれば!と私はパンを食べ終えてコーヒーを飲み干し、いそいそと食器を洗って、クローゼットをバーン!と開ける。常に楽な服装を好む私でも!流石に!かわいい服は持ってるんだからね!と買ってから1度も着てないワンピースを鳥さん達に見せびらかしたら、既に皆窓の外から飛んでいってしまってた。…………こんなもんだよ?現実は。2回目ですけど。
「……………………………」
『えと…………承太郎君………………おはよう…………?』
時計は10時ピッタリ。ピンポーンと呼び鈴が鳴ったので、承太郎君だ!と思い私は急いで玄関を開けると、あ、今日帽子してないんだ。おでこ可愛いなー。なんて見上げたのも束の間。承太郎君が酷く驚いたような表情で私を見下ろす。やだ、やっぱり私服も格好いいんだね承太郎君!キマッてるぅ!なんて気の利いた言葉を言える私なら良かったのだけど、固まってしまった承太郎君を前にそんなこと言えるはずもない。固まってなくとも言えないだろうけど。
しばしの沈黙、そして承太郎君が私の頭の先からつま先まで視線を移動させ………いや何度か往復させる。まさか、まさかだけど、もしかして、いやまさかだ。アレだけビビりながらも店員さんにオススメしてもらったワンピースだ。店員さんも「良くお似合いですよ!」って言ってくれてたし、きっとそれはお世辞ではない………よね?え、信じていいよね、店員さん?
「…………悪い。ジロジロ見た。」
『に、にあってませんか…………』
「ビビんなよ。…………予想以上に綺麗なんで、少し調子が狂っただけだぜ。」
『……はーーー…………男前は自然とキザなセリフ言えるんだなぁ…………』
「喋らなきゃ完璧だな。」
『あいてっ。………へへ、ありがとう!』
「行くぜ。」
承太郎君は軽く私を小突いて、ふ。と優しく笑いながら歩いて行く。玄関の扉を閉めて、たまにしか履かないヒールを鳴らしながら私もその背中を追いかける。………綺麗、だって。なんだろ、すごく心臓がうるさいけど、きっとめちゃくちゃ嬉しくて興奮してるんだな。だって私、家族以外に綺麗だなんて言われたこと、ないもの。
そのまま私達の町の駅から、隣町まで数十分。途中で気づいたんだけど、承太郎君の距離がいつもより少し近い気がして。電車の中でも承太郎君は私に席を譲り(まぁこれはいつもだけど。)何だかじーーー、と私を見つめていた。今もだ。今も隣を歩きながらまじまじと私を観察している。やだなーどうしよう、寝癖直したよね?なんかついてる?
『……ねぇ、承太郎君。』
「何だ。」
『…………ちょっと…………その…………視線が…………』
「化粧してんだな。今日は。」
『え?あ、あー!そう!東堂さんと佐藤さんとね、この間買いに行ったんだ。あんまり化粧好きじゃないからしないんだけど…………』
「……………佐藤ってのは、男の方だったか。」
『そう!そうです!佐藤さん、東堂さんにそのー、ゾッコン?で……【お化粧プレゼントするからデートして!】って………東堂さんそのまま私まで連れてって佐藤さんに私の分まで買って貰っちゃって……1式。』
「……………1式。」
『申し訳ないから今度お礼にちょっとご飯奢るって約束したんだ………あ、そうだ承太郎君。ここら辺でおすすめのご飯屋さん、ある?』
「2人で、行くのか?」
『東堂さんの……分までは………さ、流石に………私のお給料では………!!』
「………飯はやめときな。適当にタオルでも渡すんだな。」
それを最後に、何となく承太郎君の雰囲気が怒ってる感じになる。え?なにごと?なんで?……それにしても、承太郎君よく喋ったなあ。そんなに佐藤さんと東堂さんの話気になったのかな。それにしてもご飯じゃなくプレゼントにしろ、だなんてアドバイス貰わなきゃ考えつかなかったなー。確かに佐藤さんのタオル結構年季入ってる感じだったし、実用的な方が喜ぶかもしれない。
『……うん!タオルにする!ありがとう承太郎君!』
「……………やれやれ、だぜ。」
あ、なんか機嫌直ったみたい。良かった。
映画館までの道中、承太郎君の話を聞いていた。相変わらず女の子も男の子もうるさい事、最近真面目に授業に出てるんで喋ったことも無い先生から褒められた事、そして、ちょっと勉強が楽しくなったって事。承太郎君の声音は相変わらずいつも見たくなんでもない様に聞こえるけれど、本当はそれがちょっぴり嬉しく思ってることは、もう憶測なんかじゃないことは分かってる。
「着いたぜ。」
『わー!大きい映画館だね!人すご………うっ、き、緊張してきた………』
「……………逸れないように手でも繋ぐかい?」
『あ、からかってる。酷いなー………でも本当、はぐれちゃいそう。繋いでいい?』
「………………本気か。」
『?うん。ここまで来てはぐれたら………私…………泣く自信、あるよ。』
「…………んな事キメ顔で言うんじゃねー。ったく。やれやれだぜ。」
その言葉を皮切りに、承太郎君の大きな手が私の手をがし!と掴む。あ、繋いでくれるんだ。これなら安心!頼もしい命綱だね!と笑うと、承太郎君はまた、やれやれだぜ。と呟いた。
公開から少し経ったけれど、私達のお目当ての動物映画はとてもいい感動映画だ、と話題なだけあって席は満席だったのだけど、運良く次の上映時間に間に合い、私達は映画を観れた。結論から言うと………
『ううぅ…………』
「………化粧落ちるぜ。」
『落ちてもいぃい〜…………すっごい、すっごい感動したァ…………』
私は迷子になった小さな子供のように泣きじゃくり、承太郎君はやれやれだって感じで私の涙をハンカチで拭いてくれる。一人っ子なのに承太郎君はとても面倒見が良くて、私の方が歳上なんだけどこういうところはお兄ちゃんみたいだ。
映画はとにかく良くて、もう涙無しでは見られなかった。最初から最後まで私は泣いていて、承太郎君は泣いてなかったけど、握られた手がたまに強くなっていたから分かった。…………そういえば何だかんだ上映中も今も、手を繋いでいる。今更どうということも無いのだけど、これではまるで、そう。あの………とてもカップルみたいだ。そう考えた途端、涙が引っ込んで、承太郎君を勢いよく見上げる。相変わらずその表情はうんともすんとも動かない。
『…………あの………承太郎君………もう、手…………だいじょぶ……………です。』
「………………………………」
『あ、あれー?じょ、承太郎くーん………?おーい…………?』
「何か、言ったか?」
『え?あぁ…………手を、ですね、そのー、離「腹減ったな。なんか食うぞ。」承太郎くーん!?』
これは!明らかに!聞こえている!承太郎君が私をからかう時にする意地悪な笑い方している!!狼狽える私の手を引いて、承太郎君は通りを歩いていく。こ、この年齢で男子高校生にトキメキを覚えてしまうとは、私、結構まずいんじゃあないのか………?こういう時を冷静に乗り切るための経験など、私には毛頭皆無で、ただひたすら、承太郎君の大きな手に包まれた感触が肌に染み込んでいくように、心地よくて、それがとても恥ずかしかった。
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続きます
「《朝よー、起きて叶絵ー!》」
『……うーーーん………ふぁ………《おはようチュン子》』
「《そのナンセンスな名前で呼ぶのやめてよね。》」
『《朝から酷いなぁ………》』
小鳥の囁きと差し込む朝日に目が覚めて、気持ちのいい朝を迎えて、おはよう小鳥さん、なんていう映画のワンシーンの夢溢れるこのシチュエーションも、私にとっての現実はこう。近所に巣を作ってるチュン子(気に入ってもらえてないみたい。)が、アパートの敷地内にある木から窓を嘴でコンコンとノックして、私を起こす。さながらフライパンとおたま装備のお母さんのようだ。実際私の母はそんなことしなかったけれど。
ばさ、と布団を畳み、ぐいー、と背伸びをする。まだちょっと寝ぼけた頭を起こす為、立ち上がってコーヒーでも入れようかな、とキッチンに立つ。あぁそうだ、起こしてくれたお礼にチュン子にパンをあげなきゃ。そう思って昨日買って置いたパンに手をかけて、お湯を沸かす間に、窓を開ける。バサバサと羽音を立てて、私の肩に止まるチュン子に、ちょっと待ってねー、とパンの袋を開けながら声をかける。
「《今日は仕事とかいうの休みなのね。遊んであげようか?暇でしょ?友達もいないし。》」
『《うー、起き抜けに更に釘を指してくるなぁ………ふっふっふっ………しかーしチュン子さん!貴方はちょっと間違ってますねー!》』
「《何そのテンション、とりあえずパンくれる?お腹空いた。》」
『《ちょっとは私の話に興味持ってくれても良いんじゃないかな!?》』
肩を軽くつついて私を急かすチュン子に、ちぎったパンを渡しながら、私は立ち上がっていい感じに湧いてきたお湯を止める。ちぎった食パンをトースターに入れて、インスタントコーヒーをカップに入れてお湯を注ぐ。今は閉店してしまった、あの喫茶店のコーヒーの味には及ばないが、生憎私は自分で美味しいコーヒーを作れるほど器用でもない。いやむしろ、こうしてお家でインスタントコーヒーを嗜んでいるからこそ、外に行って喫茶店なんかで頂くコーヒーの味に感動できるのではないだろうか。うん、そういうことにしよう。
「《で?私の何が間違ってんの?話聞いてやるわよ。》」
『《んふふふ………今日はね!お出掛けなんだ!友達………ではないかもしれないけど!》』
「《相変わらず動物だけが友達なのね、寂しいやつ。でもお出かけねー………変な奴に着いてくんじゃないわよ?》」
『《私の事何歳児だと思ってるの………それに、大丈夫だよ。今日は。》』
「《なんで?》」
『《ふふ、私よりしっかりしてる子とお出かけするからだよ!》』
チーン、と小気味のいい音と共に、香ばしい匂いがする。食パンをトースターから取り出して、冷蔵庫からバターを取り出して塗る。そうしてるうちに、チュン子以外のスズメ達や、ハトたちも開いた窓からやってくる。
「《お出かけ?お出かけって言った?》」
「《えーー!叶絵がお出かけ!?友達できたの!?》」
「《お祝いに歌でも歌おうか!?》」
『《やだもう皆してー!酷いー!意地悪言うとパンあげないよ!》』
「「「《ちょーだい!》」」」
『《もーーー………調子いいんだから》』
………世の中のちびっこ達。色んな絵本で動物と会話出来るお姫様とかの話に憧れるちびっこ達。夢を奪うようなこと言いたくないけど、これが現実なの……なんて、心の中で愚痴を零しながらパンを齧る。時間は8時15分。承太郎君が私の家に迎えに来てくれて、今日は何と、映画館に行きます。なんで映画館かといいますと、なんでも隣町の映画館で動物系の感動映画がやる、とか。承太郎君から昨日教えてもらい、行きたいなー、と私が零すと。
「…………俺も、多少興味があった。明日休みと言ったな?叶絵さん。」
『あ、じゃあ一緒に行く?明日は土曜日だし……あ、承太郎君予定ある「無い。」…………じゃあ、どう、かな「行く。」………ウン………』
最近の承太郎君はちょっと距離とか勢いが凄い。知り合って早1ヶ月と半分くらいだけど、それだけ仲良くなれたって事なのだろうから嬉しいことなんだけど………未だ、お友達?みたいな感じにはイマイチなれてないと思うんだよね………。今更『お友達になってください!』なんて言えないし(恥ずかしいので)。私はそんなことを頬杖を着いてパンを齧りながら考える。行儀悪いわよ。とチュン子に頬をつつかれるので、頬杖をやめて背筋を伸ばしてパンを齧る。チュン子は本当にお母さんみたいだ。実質子スズメちゃん達もいるのでお母さんなんだけど。
『《………思い切って、オシャレ………してみようかな。》』
「《………え?マジ?》」
「《叶絵が?》」
『《いいじゃん!……あのね、そのしっかりした子。すっごくすっごくね、格好良い子なんだよ………!隣を歩く私が、ね!?いつも見たくだらしない格好で彷徨くのはヒッジョーーーに!!大人として!!マズイ!!》』
そうと決まれば!と私はパンを食べ終えてコーヒーを飲み干し、いそいそと食器を洗って、クローゼットをバーン!と開ける。常に楽な服装を好む私でも!流石に!かわいい服は持ってるんだからね!と買ってから1度も着てないワンピースを鳥さん達に見せびらかしたら、既に皆窓の外から飛んでいってしまってた。…………こんなもんだよ?現実は。2回目ですけど。
「……………………………」
『えと…………承太郎君………………おはよう…………?』
時計は10時ピッタリ。ピンポーンと呼び鈴が鳴ったので、承太郎君だ!と思い私は急いで玄関を開けると、あ、今日帽子してないんだ。おでこ可愛いなー。なんて見上げたのも束の間。承太郎君が酷く驚いたような表情で私を見下ろす。やだ、やっぱり私服も格好いいんだね承太郎君!キマッてるぅ!なんて気の利いた言葉を言える私なら良かったのだけど、固まってしまった承太郎君を前にそんなこと言えるはずもない。固まってなくとも言えないだろうけど。
しばしの沈黙、そして承太郎君が私の頭の先からつま先まで視線を移動させ………いや何度か往復させる。まさか、まさかだけど、もしかして、いやまさかだ。アレだけビビりながらも店員さんにオススメしてもらったワンピースだ。店員さんも「良くお似合いですよ!」って言ってくれてたし、きっとそれはお世辞ではない………よね?え、信じていいよね、店員さん?
「…………悪い。ジロジロ見た。」
『に、にあってませんか…………』
「ビビんなよ。…………予想以上に綺麗なんで、少し調子が狂っただけだぜ。」
『……はーーー…………男前は自然とキザなセリフ言えるんだなぁ…………』
「喋らなきゃ完璧だな。」
『あいてっ。………へへ、ありがとう!』
「行くぜ。」
承太郎君は軽く私を小突いて、ふ。と優しく笑いながら歩いて行く。玄関の扉を閉めて、たまにしか履かないヒールを鳴らしながら私もその背中を追いかける。………綺麗、だって。なんだろ、すごく心臓がうるさいけど、きっとめちゃくちゃ嬉しくて興奮してるんだな。だって私、家族以外に綺麗だなんて言われたこと、ないもの。
そのまま私達の町の駅から、隣町まで数十分。途中で気づいたんだけど、承太郎君の距離がいつもより少し近い気がして。電車の中でも承太郎君は私に席を譲り(まぁこれはいつもだけど。)何だかじーーー、と私を見つめていた。今もだ。今も隣を歩きながらまじまじと私を観察している。やだなーどうしよう、寝癖直したよね?なんかついてる?
『……ねぇ、承太郎君。』
「何だ。」
『…………ちょっと…………その…………視線が…………』
「化粧してんだな。今日は。」
『え?あ、あー!そう!東堂さんと佐藤さんとね、この間買いに行ったんだ。あんまり化粧好きじゃないからしないんだけど…………』
「……………佐藤ってのは、男の方だったか。」
『そう!そうです!佐藤さん、東堂さんにそのー、ゾッコン?で……【お化粧プレゼントするからデートして!】って………東堂さんそのまま私まで連れてって佐藤さんに私の分まで買って貰っちゃって……1式。』
「……………1式。」
『申し訳ないから今度お礼にちょっとご飯奢るって約束したんだ………あ、そうだ承太郎君。ここら辺でおすすめのご飯屋さん、ある?』
「2人で、行くのか?」
『東堂さんの……分までは………さ、流石に………私のお給料では………!!』
「………飯はやめときな。適当にタオルでも渡すんだな。」
それを最後に、何となく承太郎君の雰囲気が怒ってる感じになる。え?なにごと?なんで?……それにしても、承太郎君よく喋ったなあ。そんなに佐藤さんと東堂さんの話気になったのかな。それにしてもご飯じゃなくプレゼントにしろ、だなんてアドバイス貰わなきゃ考えつかなかったなー。確かに佐藤さんのタオル結構年季入ってる感じだったし、実用的な方が喜ぶかもしれない。
『……うん!タオルにする!ありがとう承太郎君!』
「……………やれやれ、だぜ。」
あ、なんか機嫌直ったみたい。良かった。
映画館までの道中、承太郎君の話を聞いていた。相変わらず女の子も男の子もうるさい事、最近真面目に授業に出てるんで喋ったことも無い先生から褒められた事、そして、ちょっと勉強が楽しくなったって事。承太郎君の声音は相変わらずいつも見たくなんでもない様に聞こえるけれど、本当はそれがちょっぴり嬉しく思ってることは、もう憶測なんかじゃないことは分かってる。
「着いたぜ。」
『わー!大きい映画館だね!人すご………うっ、き、緊張してきた………』
「……………逸れないように手でも繋ぐかい?」
『あ、からかってる。酷いなー………でも本当、はぐれちゃいそう。繋いでいい?』
「………………本気か。」
『?うん。ここまで来てはぐれたら………私…………泣く自信、あるよ。』
「…………んな事キメ顔で言うんじゃねー。ったく。やれやれだぜ。」
その言葉を皮切りに、承太郎君の大きな手が私の手をがし!と掴む。あ、繋いでくれるんだ。これなら安心!頼もしい命綱だね!と笑うと、承太郎君はまた、やれやれだぜ。と呟いた。
公開から少し経ったけれど、私達のお目当ての動物映画はとてもいい感動映画だ、と話題なだけあって席は満席だったのだけど、運良く次の上映時間に間に合い、私達は映画を観れた。結論から言うと………
『ううぅ…………』
「………化粧落ちるぜ。」
『落ちてもいぃい〜…………すっごい、すっごい感動したァ…………』
私は迷子になった小さな子供のように泣きじゃくり、承太郎君はやれやれだって感じで私の涙をハンカチで拭いてくれる。一人っ子なのに承太郎君はとても面倒見が良くて、私の方が歳上なんだけどこういうところはお兄ちゃんみたいだ。
映画はとにかく良くて、もう涙無しでは見られなかった。最初から最後まで私は泣いていて、承太郎君は泣いてなかったけど、握られた手がたまに強くなっていたから分かった。…………そういえば何だかんだ上映中も今も、手を繋いでいる。今更どうということも無いのだけど、これではまるで、そう。あの………とてもカップルみたいだ。そう考えた途端、涙が引っ込んで、承太郎君を勢いよく見上げる。相変わらずその表情はうんともすんとも動かない。
『…………あの………承太郎君………もう、手…………だいじょぶ……………です。』
「………………………………」
『あ、あれー?じょ、承太郎くーん………?おーい…………?』
「何か、言ったか?」
『え?あぁ…………手を、ですね、そのー、離「腹減ったな。なんか食うぞ。」承太郎くーん!?』
これは!明らかに!聞こえている!承太郎君が私をからかう時にする意地悪な笑い方している!!狼狽える私の手を引いて、承太郎君は通りを歩いていく。こ、この年齢で男子高校生にトキメキを覚えてしまうとは、私、結構まずいんじゃあないのか………?こういう時を冷静に乗り切るための経験など、私には毛頭皆無で、ただひたすら、承太郎君の大きな手に包まれた感触が肌に染み込んでいくように、心地よくて、それがとても恥ずかしかった。
━━━━━━━━━━━━━━━
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