episode:2
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やっぱり承太郎君はとてもいい子だった。
私との約束を守ってくれているようで、平日に水族館に来ることはなくなった。私が仕事を終えた時に、迎えに来てくれて、水族館近くの老夫婦が営んでいる喫茶店で小一時間勉強をして、私を家まで送る。
この何週間かで分かったことは、クージョージョータローという名前は【空条承太郎】と書くこと。彼と私の住んでいる地域が一緒で、家も近いこと。私と一緒にいる時は絶対にタバコを吸わないこと。お父さんが音楽に疎い私でも知っているジャズミュージシャンの空条貞夫さんということ。写真で見せてもらった空条ホリィさんがとても美しい人だということ。相撲を見るのが好きだということ。
この年齢になっても親しい友人の少ない私は、仕事以外の人間関係は当たり前だが希薄で、彼との勉強会という時間はとても心地のいいもので、私は仕事以外の楽しみを作れたことに感謝していた。
それを見つけるまでは。
『………嘘………』
承太郎君と一緒に勉強をしていた見慣れた喫茶店の扉に、【閉店】の2文字が。かなり高齢の老夫婦が営んでいたから仕方の無いことかもしれない。通りかかったご近所の人が、「昨日から旦那さんの方がご病気になったみたいよ。軽いものだと仰っていたけれど、あの歳ですものね。」と店の前で立ち尽くす私に教えてくれた。
明日は承太郎君とのお勉強の日だ。どうしよう。と私は頭を抱え、覚束無い思考と足取りで家に帰る。気づいた時には布団の上でカーテンから差し込む朝日に目が覚めて、『ああ』と落胆の声を上げる。今日、どうしよう。
「浮かない顔だね、叶絵ちゃん。承太郎くんと何かあった?」
『佐藤さん……あの、承太郎君とは別に………でも、承太郎君関連で……うぅ………』
ショーとショーの合間の休憩中、机に突っ伏している私に苦笑いを浮かべながら声を掛けてくれた佐藤さんを見上げてそう答える。
『………お勉強会に通わせて頂いていた喫茶店が、その、閉店してしまって………長らくのご愛用ありがとうございました………って…………どうしよう………!』
また机に突っ伏してあー、だのうー、だの声を上げて足をブラつかせる私に、佐藤さんと東堂さんの小さな笑い声が聞こえる。思わずばっ!と顔を上げて、2人を見る。何だかちょっとニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていて、自然とふくれっ面になる。こちらは死活問題だと言うのに。
「いやー、まさかそこまで……承太郎君の方が大事に思ってそうだとは思っていたけど……叶絵ちゃんも大事にしてたのね」
『?ど、どういう意味ですか………?』
「勉強会、出来なくなっちゃうって思って悩んでるんでしょ?それで困るのが承太郎君だけじゃなくて、貴方もってことに私と佐藤さんはニヤついてんの。」
『えぇ〜………?ニヤつかないで下さい……そう、です。そう。私も楽しみだったんです………可愛い後輩の役に立ってるって思うと………』
「「あー、まだそこかー。」」
『えぇ〜……??』
あちゃー、こりゃ承太郎君が可哀想な気がしてきたわ。と2人が揃って顔に手を当てて、それでも口元をニヤつかせている。いつもはこんなに仲良くないのに、こんな時だけ仲良く私をからかうのだから、普段から2人とも仲良くすればいいのに。なんて不貞腐れたままそう考えて、口には出さない。
そんな話をしていると、ショーの準備をしなくてはいけない時間になる。あぁ、終わりが近づいてしまう。今日の勉強会、いや、今後は承太郎君とのお勉強が出来ないかもしれない。
どんどん寂しくなる気持ちをなんとか頭から振り出して、私は立ち上がった佐藤さんと東堂さんの後ろに続いて、ステージの方へと向かう。切り替えなくては、そして考えなくては。私にとっても大切なあの時間を、どうすれば今後も続けられるのか。
「………お疲れ様、だぜ。叶絵さん。」
『うっ、じょ、承太郎君、実はね…………』
今日一日のショーが終わり、承太郎君が吸っていたタバコを持ってきていたポケット灰皿にぐり、と押し潰してから、こちらに寄ってくる。言わなくては、いつもの喫茶店が閉まってしまったこと、そして今後、平日はとても厳しいが、私の仕事のお休みの日だけ承太郎君と私の家の地域にある図書館で勉強会をしよう、と。回数は少なくなってしまうけれど、それでも承太郎君との勉強会がなくなってしまうよりかはずっとずっとマシだ。
「俺の家へ行くぜ。」
『ま、待って承太郎君、実はあの喫茶店が…………って、え?家?え?』
「喫茶店、閉店したんだろ?来る時に見た。だから、俺の家へ行くぜ、と言ったんだ。叶絵さんの家からも近ェし、最初からそうすべきだったぜ。」
『え、あ、で、でも』
そりゃ、私がわざわざ言わなくたって確かに承太郎君はあの喫茶店の閉店の貼り紙を見て知っていただろう。余りのショックにそれを考えられなかった自分を少しばかり馬鹿だな、と思うも。急すぎる。ホリィさんに迷惑なんじゃ無いだろうか、そう思ってなんてこと無しに歩き出す承太郎君の手を掴んで止める。
ちょっと驚いた顔をして私を振り返り、またすぐにいつもの顔に戻ってしまう承太郎君に、私は1度深呼吸をしてからそう話す。
「迷惑だと思うなら誘わねぇ。」
『………それもそうか………じゃ、じゃああの、これからも承太郎君のお家に……お邪魔して、勉強会、出来る?』
「……そーゆーこったな。」
ぶっきらぼうにそう話して、承太郎君は歩き出す。揺れる学ランの大きな後ろ姿を見て、私はとても安心する。良かった、承太郎君とこれからも勉強会ができそうで。昨日からの落胆は嘘だったみたいに晴れ渡り、私は承太郎君の後を駆け足で着いて言った。
「あら、まぁ………」
『お、お邪魔します、えっと、私……野間崎叶絵と言います……承太郎君にはとても良くしてもらってて……!』
「………逆だろう、叶絵さん。俺が世話になってるんだ。俺の部屋で勉強を教えてもらう。覗くんじゃねーぞ。」
玄関先で箒を楽しそうに掃いていたこの人が、承太郎君のお母様のホリィさんなのだろう。頭を下げる私に、驚いて固まっていたホリィさんも慌てて頭を下げる。やっぱり迷惑だったのでは無いのだろうか。スタスタと歩いていってしまう承太郎君とホリィさんを交互に見ながら、もう一度頭を下げてお邪魔します。とご挨拶だけして上がらせていただく。
とても大きな日本屋敷で、庭園がとっても美しく、手入れが行き届いた………とどのつまりとてもお金持ちの家って感じだったので、私はきょろきょろと視線を忙しくさ迷わせる。え、嘘あれ茶室?茶室もあるの?凄すぎない?
「何惚けてんだ。さっさと中に入るぜ。」
『へ?あ、ごめん!!お邪魔します!!』
ぽん。と肩に承太郎君の大きな手が置かれて、大袈裟に体を揺らす。集中しちゃうと他に意識が向かない癖、どうにかした方がいいな、とちょっぴり反省。承太郎君の背中越しに、ひょい、と部屋を見る。お、思ってたより幾分か綺麗だ。失礼かもしれないけれど、男の子の部屋ってもう少し荒れた感じがあると思っていた。別にそんなこと無かった。
いそいそと部屋に入り、体を縮こませて承太郎君が敷いてくれた座布団の上に座る。ほのかに香る承太郎君の匂いと、畳と、やっぱりタバコの匂い。気になる程じゃないし、むしろ今はなんだか落ち着いてしまう。ココ最近は承太郎君のそばにずっと居たからだろうか?幾許か緊張していたのも自然とリラックスできる。
「早速勉強をやるが……………あんまり部屋をジロジロ眺めてんじゃあねーぞ。」
『あ、ゴメンゴメン。不躾でした………お勉強に集中しましょう!さて、今日は何かな。』
「…………今日やった数学の小テストだが、ここの問題がよくわからん。」
『あ、えーと、それはね…………』
鶴の一声鳴らぬ、承太郎君の一声。しゃん!と姿勢を正して承太郎君の数学の小テストを覗き込むため、体を机から乗り出して覗き込む、ガタ、と机が音を鳴らしたので、その犯人である承太郎君に視線を上げる。あ、思ってたより近い。見上げるために頭を動かした私の髪が承太郎君の高い鼻に当たるくらい近かった。
「ッ………近ェ。」
『あぁ、ゴメンね。貸してもらえば良かった。』
私は乗り上げた体を戻し、承太郎君の手にある小テストを受け取ろうと手を伸ばす。が、いくら伸ばしても手は小テストにカスリもしない。承太郎君が何故か小テストを上にあげ、座っている私が取れないくらいの位置にしているから。
………点数悪かったのかな?私は首を傾げて、仕方なしに立ち上がってそれを取ろうとする。そうすると承太郎君も何故か立ち上がり、なお高く腕を上げて私に取られないようにする。え?ゴメン、なんで?
『あのー………承太郎君…………小テスト………』
「………………」
元々無口だけど、承太郎君は喋ろうとしない。ン?これはからかわれてる?背が低いなって感じで意地悪されてるのかな?よく分からないのだけど、承太郎君がこうしてじゃれたりするのは初めてだったので、少し驚きだな。やっぱり高校生なんだなー、なんて私は無駄な悪あがきでぴょんぴょん飛び跳ねて小テストを取ろうとする。もちろん届かない。本当に背が高くて凄いなぁ承太郎君は。
「……………叶絵さん」
『な、にっ、かなっ!』
「アンタ、今どこに居るのかもう少し自覚しな。」
『えっ、と、それはっ、ひぃ、じょ、承太郎君の………はあ………部屋ですね………っと!』
こんなにもイルカのジャンプ力に憧れたことはあるだろうか?全く届きそうにないそれに、私の方が疲れてしゃがんでしまう。それに合わせて、なんだか呆れたような、拗ねてるような顔をした承太郎君もしゃがみこむ。承太郎君はよく分からないけど、理由もなく私に意地悪はしない。何かしてしまったのかな。うーん、検討も付かない。
「…………よく分かってるじゃあねぇか。俺の部屋だ。ココは。」
『…………!!もしかして…………玄関で靴を脱いだのが悪かったりする……………??』
承太郎君のお母さんは確かアメリカ人とイギリス人のハーフで、もしかしたらお家も靴を履いてが基本の生活かもしれない、と私は思いついた訳だが、玄関で承太郎君は普通に靴を脱いでたし、それは違うか。私が自分で気づくも、承太郎君はお決まりのやれやれだぜ。と口にして私に小テストを渡す。
「…………鈍い。」
『え、なに、なにが?』
「……………あまり俺以外の男に着いてくんじゃーねーぞ。」
『承太郎君なんの話ししてるの…………?』
承太郎君の話が全く分からないのだが、そもそもの話、私は承太郎君以外の男の人と仲良くなったことなんてないのだけれど。それをそのまま伝えると、承太郎君はそうか、とだけ呟いて自分の座布団に座り直す。何となく機嫌が治ったみたいなので、よく分からないままだけど良しとしよう。私は承太郎君の小テストを見て、説明を始める。
「………(大変………こうしちゃあいられないわ…………!!!)」
その光景を、まさかホリィさんに見られてるだなんて、思いもよらなかったのだけど。
やっぱり承太郎君はとてもいい子だった。
私との約束を守ってくれているようで、平日に水族館に来ることはなくなった。私が仕事を終えた時に、迎えに来てくれて、水族館近くの老夫婦が営んでいる喫茶店で小一時間勉強をして、私を家まで送る。
この何週間かで分かったことは、クージョージョータローという名前は【空条承太郎】と書くこと。彼と私の住んでいる地域が一緒で、家も近いこと。私と一緒にいる時は絶対にタバコを吸わないこと。お父さんが音楽に疎い私でも知っているジャズミュージシャンの空条貞夫さんということ。写真で見せてもらった空条ホリィさんがとても美しい人だということ。相撲を見るのが好きだということ。
この年齢になっても親しい友人の少ない私は、仕事以外の人間関係は当たり前だが希薄で、彼との勉強会という時間はとても心地のいいもので、私は仕事以外の楽しみを作れたことに感謝していた。
それを見つけるまでは。
『………嘘………』
承太郎君と一緒に勉強をしていた見慣れた喫茶店の扉に、【閉店】の2文字が。かなり高齢の老夫婦が営んでいたから仕方の無いことかもしれない。通りかかったご近所の人が、「昨日から旦那さんの方がご病気になったみたいよ。軽いものだと仰っていたけれど、あの歳ですものね。」と店の前で立ち尽くす私に教えてくれた。
明日は承太郎君とのお勉強の日だ。どうしよう。と私は頭を抱え、覚束無い思考と足取りで家に帰る。気づいた時には布団の上でカーテンから差し込む朝日に目が覚めて、『ああ』と落胆の声を上げる。今日、どうしよう。
「浮かない顔だね、叶絵ちゃん。承太郎くんと何かあった?」
『佐藤さん……あの、承太郎君とは別に………でも、承太郎君関連で……うぅ………』
ショーとショーの合間の休憩中、机に突っ伏している私に苦笑いを浮かべながら声を掛けてくれた佐藤さんを見上げてそう答える。
『………お勉強会に通わせて頂いていた喫茶店が、その、閉店してしまって………長らくのご愛用ありがとうございました………って…………どうしよう………!』
また机に突っ伏してあー、だのうー、だの声を上げて足をブラつかせる私に、佐藤さんと東堂さんの小さな笑い声が聞こえる。思わずばっ!と顔を上げて、2人を見る。何だかちょっとニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていて、自然とふくれっ面になる。こちらは死活問題だと言うのに。
「いやー、まさかそこまで……承太郎君の方が大事に思ってそうだとは思っていたけど……叶絵ちゃんも大事にしてたのね」
『?ど、どういう意味ですか………?』
「勉強会、出来なくなっちゃうって思って悩んでるんでしょ?それで困るのが承太郎君だけじゃなくて、貴方もってことに私と佐藤さんはニヤついてんの。」
『えぇ〜………?ニヤつかないで下さい……そう、です。そう。私も楽しみだったんです………可愛い後輩の役に立ってるって思うと………』
「「あー、まだそこかー。」」
『えぇ〜……??』
あちゃー、こりゃ承太郎君が可哀想な気がしてきたわ。と2人が揃って顔に手を当てて、それでも口元をニヤつかせている。いつもはこんなに仲良くないのに、こんな時だけ仲良く私をからかうのだから、普段から2人とも仲良くすればいいのに。なんて不貞腐れたままそう考えて、口には出さない。
そんな話をしていると、ショーの準備をしなくてはいけない時間になる。あぁ、終わりが近づいてしまう。今日の勉強会、いや、今後は承太郎君とのお勉強が出来ないかもしれない。
どんどん寂しくなる気持ちをなんとか頭から振り出して、私は立ち上がった佐藤さんと東堂さんの後ろに続いて、ステージの方へと向かう。切り替えなくては、そして考えなくては。私にとっても大切なあの時間を、どうすれば今後も続けられるのか。
「………お疲れ様、だぜ。叶絵さん。」
『うっ、じょ、承太郎君、実はね…………』
今日一日のショーが終わり、承太郎君が吸っていたタバコを持ってきていたポケット灰皿にぐり、と押し潰してから、こちらに寄ってくる。言わなくては、いつもの喫茶店が閉まってしまったこと、そして今後、平日はとても厳しいが、私の仕事のお休みの日だけ承太郎君と私の家の地域にある図書館で勉強会をしよう、と。回数は少なくなってしまうけれど、それでも承太郎君との勉強会がなくなってしまうよりかはずっとずっとマシだ。
「俺の家へ行くぜ。」
『ま、待って承太郎君、実はあの喫茶店が…………って、え?家?え?』
「喫茶店、閉店したんだろ?来る時に見た。だから、俺の家へ行くぜ、と言ったんだ。叶絵さんの家からも近ェし、最初からそうすべきだったぜ。」
『え、あ、で、でも』
そりゃ、私がわざわざ言わなくたって確かに承太郎君はあの喫茶店の閉店の貼り紙を見て知っていただろう。余りのショックにそれを考えられなかった自分を少しばかり馬鹿だな、と思うも。急すぎる。ホリィさんに迷惑なんじゃ無いだろうか、そう思ってなんてこと無しに歩き出す承太郎君の手を掴んで止める。
ちょっと驚いた顔をして私を振り返り、またすぐにいつもの顔に戻ってしまう承太郎君に、私は1度深呼吸をしてからそう話す。
「迷惑だと思うなら誘わねぇ。」
『………それもそうか………じゃ、じゃああの、これからも承太郎君のお家に……お邪魔して、勉強会、出来る?』
「……そーゆーこったな。」
ぶっきらぼうにそう話して、承太郎君は歩き出す。揺れる学ランの大きな後ろ姿を見て、私はとても安心する。良かった、承太郎君とこれからも勉強会ができそうで。昨日からの落胆は嘘だったみたいに晴れ渡り、私は承太郎君の後を駆け足で着いて言った。
「あら、まぁ………」
『お、お邪魔します、えっと、私……野間崎叶絵と言います……承太郎君にはとても良くしてもらってて……!』
「………逆だろう、叶絵さん。俺が世話になってるんだ。俺の部屋で勉強を教えてもらう。覗くんじゃねーぞ。」
玄関先で箒を楽しそうに掃いていたこの人が、承太郎君のお母様のホリィさんなのだろう。頭を下げる私に、驚いて固まっていたホリィさんも慌てて頭を下げる。やっぱり迷惑だったのでは無いのだろうか。スタスタと歩いていってしまう承太郎君とホリィさんを交互に見ながら、もう一度頭を下げてお邪魔します。とご挨拶だけして上がらせていただく。
とても大きな日本屋敷で、庭園がとっても美しく、手入れが行き届いた………とどのつまりとてもお金持ちの家って感じだったので、私はきょろきょろと視線を忙しくさ迷わせる。え、嘘あれ茶室?茶室もあるの?凄すぎない?
「何惚けてんだ。さっさと中に入るぜ。」
『へ?あ、ごめん!!お邪魔します!!』
ぽん。と肩に承太郎君の大きな手が置かれて、大袈裟に体を揺らす。集中しちゃうと他に意識が向かない癖、どうにかした方がいいな、とちょっぴり反省。承太郎君の背中越しに、ひょい、と部屋を見る。お、思ってたより幾分か綺麗だ。失礼かもしれないけれど、男の子の部屋ってもう少し荒れた感じがあると思っていた。別にそんなこと無かった。
いそいそと部屋に入り、体を縮こませて承太郎君が敷いてくれた座布団の上に座る。ほのかに香る承太郎君の匂いと、畳と、やっぱりタバコの匂い。気になる程じゃないし、むしろ今はなんだか落ち着いてしまう。ココ最近は承太郎君のそばにずっと居たからだろうか?幾許か緊張していたのも自然とリラックスできる。
「早速勉強をやるが……………あんまり部屋をジロジロ眺めてんじゃあねーぞ。」
『あ、ゴメンゴメン。不躾でした………お勉強に集中しましょう!さて、今日は何かな。』
「…………今日やった数学の小テストだが、ここの問題がよくわからん。」
『あ、えーと、それはね…………』
鶴の一声鳴らぬ、承太郎君の一声。しゃん!と姿勢を正して承太郎君の数学の小テストを覗き込むため、体を机から乗り出して覗き込む、ガタ、と机が音を鳴らしたので、その犯人である承太郎君に視線を上げる。あ、思ってたより近い。見上げるために頭を動かした私の髪が承太郎君の高い鼻に当たるくらい近かった。
「ッ………近ェ。」
『あぁ、ゴメンね。貸してもらえば良かった。』
私は乗り上げた体を戻し、承太郎君の手にある小テストを受け取ろうと手を伸ばす。が、いくら伸ばしても手は小テストにカスリもしない。承太郎君が何故か小テストを上にあげ、座っている私が取れないくらいの位置にしているから。
………点数悪かったのかな?私は首を傾げて、仕方なしに立ち上がってそれを取ろうとする。そうすると承太郎君も何故か立ち上がり、なお高く腕を上げて私に取られないようにする。え?ゴメン、なんで?
『あのー………承太郎君…………小テスト………』
「………………」
元々無口だけど、承太郎君は喋ろうとしない。ン?これはからかわれてる?背が低いなって感じで意地悪されてるのかな?よく分からないのだけど、承太郎君がこうしてじゃれたりするのは初めてだったので、少し驚きだな。やっぱり高校生なんだなー、なんて私は無駄な悪あがきでぴょんぴょん飛び跳ねて小テストを取ろうとする。もちろん届かない。本当に背が高くて凄いなぁ承太郎君は。
「……………叶絵さん」
『な、にっ、かなっ!』
「アンタ、今どこに居るのかもう少し自覚しな。」
『えっ、と、それはっ、ひぃ、じょ、承太郎君の………はあ………部屋ですね………っと!』
こんなにもイルカのジャンプ力に憧れたことはあるだろうか?全く届きそうにないそれに、私の方が疲れてしゃがんでしまう。それに合わせて、なんだか呆れたような、拗ねてるような顔をした承太郎君もしゃがみこむ。承太郎君はよく分からないけど、理由もなく私に意地悪はしない。何かしてしまったのかな。うーん、検討も付かない。
「…………よく分かってるじゃあねぇか。俺の部屋だ。ココは。」
『…………!!もしかして…………玄関で靴を脱いだのが悪かったりする……………??』
承太郎君のお母さんは確かアメリカ人とイギリス人のハーフで、もしかしたらお家も靴を履いてが基本の生活かもしれない、と私は思いついた訳だが、玄関で承太郎君は普通に靴を脱いでたし、それは違うか。私が自分で気づくも、承太郎君はお決まりのやれやれだぜ。と口にして私に小テストを渡す。
「…………鈍い。」
『え、なに、なにが?』
「……………あまり俺以外の男に着いてくんじゃーねーぞ。」
『承太郎君なんの話ししてるの…………?』
承太郎君の話が全く分からないのだが、そもそもの話、私は承太郎君以外の男の人と仲良くなったことなんてないのだけれど。それをそのまま伝えると、承太郎君はそうか、とだけ呟いて自分の座布団に座り直す。何となく機嫌が治ったみたいなので、よく分からないままだけど良しとしよう。私は承太郎君の小テストを見て、説明を始める。
「………(大変………こうしちゃあいられないわ…………!!!)」
その光景を、まさかホリィさんに見られてるだなんて、思いもよらなかったのだけど。