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抑止の話

闇夜とも日中とも取れぬ空間で、一陣の風が舞い上がる。
人の気配の溶けた市中を、マントを翻し走る男の影。

ここで、男はひとつの問題に思い当たった。
何より目立つ、自らの武装であった。

羽根付き帽にマント、さらには剣となれば、この時代に馴染まない可能性もある。
何よりも、無辜の民衆のみが居住する場所で戦道具を誇示するのはよろしくない。

マントも帽子も脱げばどうとでもなったが、剣は別だった。
隠しながら持ち歩くには、あまりに大きすぎる。
それでいて、有事の際にはすぐ構えられねばならない。

そういうわけで、男はほんの少し引き返した。
幸運にも、衣服を取り扱う店には見当がついていた。
何でもいいから現代風の服をくれ、と言えば一式いくらかで買えるだろう、と踏んでいた。

果たして、そう遠くないところに服屋はあった。
女性物の服しか取り扱っていないようだが、元々体躯がさして大きくはない彼には充分であった。

そこで、彼はかなり大きな外套を着込み、かわりにマントと羽根付き帽を手放した。
いわゆるトレンチコートと呼ばれる物で、前をきっちりと閉めれば剣を隠せる程度には大きな物だ。
これであれば、多少は現代的に見えると彼は判断した。

外套を羽織り、店を飛び出す。
猶予があるうちに任務を遂行せねば、と。
焦りにも似た義務感が、彼の体を突き動かす。

不可能を壊す者が、ここにひとり──
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