ゆめ微睡みのアリア
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ある日シリウルは彼女が一番信頼を寄せている鷹、スールロスより一報を受けた。スールロスはとりわけ頭が良く、常に冷静で親和力も高くシリウルは彼をとても重宝していた。
スールロスは彼女に見聞きしたことを詳しく伝えてくれた。シリウルはその内容を聞いて、戸惑った。
というのもその一報が、扱いに困るほど重大なものだったから。簡潔に言うと、ゴンドールのオスギリアスの西岸が取られ、続けて何日かでランマス・エホールの外壁からペレンノール野の一部まで突破された、というものだった。
そこまで突破されてしまえば、渡るのは容易でこれからのゴンドールの戦況は一気に不利になる。シリウルはこのどうしたものか迷った。
ボロミアはどんな報でも伝えて欲しいと言っていたのだが、シリウルは彼の心をいたずらに乱すべきではない、と思っていた。
ただもし隠せば勝利しても知らせることはできない上に、彼の意志を無視することになるのだった。
シリウルはしばらく押し黙り、悩んだ末にボロミアの意思を尊重して彼に告げることにした。
彼女はスールロスを寝床で休ませ、ボロミアがいる治癒の野に歩を進めた。時間はちょうど夕方になる頃合で、時が経つにつれ徐々に暗くなっていく様子が、彼女の心に指す影を深めた。
ボロミアは軽く身体を起こして、頬杖をついて空を眺めていた。シリウルが彼の目の届く範囲に入ると、直ぐに気づいて彼女の元に駆け寄ろうとした。
シリウルは手の動きで起きなくていいと諌めて、彼女から近くに寄ってボロミアを真っ直ぐ見つめて、言った。
「オスギリアスが奪われました」
ボロミアは目を見開いて、彼女の方を食い入るように見つめた。一瞬で彼の表情は辛そうに歪められ、目を逸らすと手を強く拳の形に握り言った。
「……それでは済むまい、それから?」
「それから、ランマス・エンホールの外壁からペレンノール野まで突破された模様です」
「では包囲されるのも時間の問題だろう」
「……ええ」
シリウルは彼の気持ちがよく察せた、でも後悔は不思議としなかった。
彼の瞳はただ悲観にくれずに、むしろ強く燃え盛っていた。そしてばっと何かを振り切るようにしてボロミアが顔を上げて言った。
「シリウル殿、知らせてくださってありがとうございます。いま私にできることは仲間の武勇を祈ることだけですが、それでも少しは役に立ちましょう」
「では私も祈ります、あなた方に勝利ありますよう、闇に一矢報いる事ができますよう」
「ありがとう、レディ」
そう言うとボロミアはそっとシリウルの両手を包んだ。たちまち彼女の中に今まであった不安が全て消え失せて、シリウルはそっと息を吐いた。
闇はますます勢力を増し、その戦略も秀逸であった。シリウルは戦いに関わることはないが、彼は違う。
彼はゴンドールに戻るべき人で、ここに居るべきではない。ただ戻ってしまえば、彼女の願いである彼の長寿が達成される見込みは大きく下がる。
シリウルは、彼と離れがたく思っていた。
よく話し、よく笑い、そして気遣いに秀でている。それでいて時々鈍く、的を得ない事を言う、そんな彼との暮らしは常に日が差しているようだった。それも今まで一人で暮らしてきた彼女には、眩しすぎる太陽だった。
シリウルは来るべき時が来たら、彼を送らなければならない、と思っていた。戦から離れ、守られた野でも依然と戦の只中にいるように、燃え盛る彼の目を見てしまってからことさらに。
彼女は自分の住居に戻ると、十分に休憩をとったスールロスをまた放った。そしていつ別れの時が来てもいいように、秘めたる森からゴンドールへの道を考え始めた。
一日経つとボロミアは既に平静を取り戻していた。朝食を済ませて、片付けていた時にボロミアは彼女に一声かけて去るのを引き止めた。
「少し、話していきませんか」
いつもとは違ってとても静かな響きの声で、(名前)は手を止めて、椅子に腰かけると、目で彼に続きを施した。
「今日も快晴ですね」
ボロミアが空を見上げたので、同じようにすると、まるで絵画のように美しい空があった。彼女は光を掴もうとするかのように手を伸ばして、光が遮られて明滅するのを見るとそっと下ろして言った。
「まことに、いい天気です。雲ひとつないですわ」
「……そうして佇まれていると、本当にエルフかと見間違います」
突然の言葉にシリウルは目を瞬くと、なんだか面白くなって微笑みながら言った。
「そうですか?」
「ええ、誰もがそう信じて疑わないでしょう。エルフに似た存在、と前に結論を下しましたが、実の所どうなのです?」
「だから混ざり者にすぎませんわ、でも詳しく言うとしたらそうですね……少なくとも一割ほどはエルフの血が入っているのでしょう」
そう言ったシリウルは、どこか冷めていてきらめく刃物のように鋭くボロミアの目に写った。そして悲しそうにも見えた。
「あなたは、度々悲しそうな顔される」
「……悲しそう、ですか」
「あなたはその血を疎ましく思っているのですか」
ボロミアの一言は、その実確信を得ていた。シリウルは弾かれたように驚いた顔をすると、目を逸らしてこう言った。
「私の一族の歴史は一世紀まで遡らなければならないほど長いのです。ですからあまり多くは語りませんが、一つ言うとしたら私は罪人の血を引く者だ、ということです。ですから私は一人でした」
(名前)は続けて言った。
「疎ましく思ったことがない、といえば嘘になりますわ。最初に罪を犯した先祖を恨んだこともございます、惨めだと、思ったことも」
「私の気持ちを言うと、罪人の血を引いていようが、私はあなたをとても美しいと思う」
ボロミアはシリウルの言葉に重ねてこう言った。迫られたシリウルは、言われた言葉を最初は飲み込めず、目をぱちくりさせていた。そんな彼女を真っ直ぐ見つめながらボロミアは続けた。
「見た目だけではなく心根も特に、私は何度もあなたに助けられた。血を誇りに思えないのなら、あなたが成した善行を誇りに思ってみて欲しい。私は、誇りを人の心に必ず必要なものだと思っている。あなたにも恍惚とするような気持ちを感じてみて欲しい」
そこで彼は言葉を区切った。
ボロミアが何故、そんな事を言ったのかシリウルにはわからなかった。それでも不思議と、それが全く難しくない事だと、また幸せな事だとも思えた。
シリウルは深く自分の心に彼の言葉を落とし込むと、一言彼に返した。
「……気が向いたら、言われた通りにしましょう」
言った言葉の響は少し冷めたものだったが、彼女に確かにその気があるのを見通したのか、ボロミアは大きく微笑んで、彼女を軽く抱きしめた。
