ゆめ微睡みのアリア
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ボロミアは手持ち無沙汰でいたのだが、ふと気になって頭を降って回りを見回した。
鳥のさえずりがのどかに聞こえる森は美しくも深く、木々自体はそんなに高くないにもかかわらず上にも中にも、先が見えない。
森の傍には穏やかな波の川があって、水はとても透き通って底が容易く見える程だった。
また彼が居る寝台は繊細に編まれた丈夫な基礎に、エルフの軽くふわふわした布がふんだんに使われ緩く纏められていて、彼を雨風から守る周りの建物は小さな大理石の様な素材の柱で立てられており、天井以外の周りは吹き抜けていた。
エルフ達は自然の中で暮らす事を好むのだが、この住居にもそのような風が感じられた。居心地が悪い訳ではなかったが、また故郷のように落ち着けるわけでもない。
もう少し回りをよく見てみたくて、ボロミアが身体を起こそうとすると、シリウルが戻ってきてそんな彼の姿を見ると切羽詰まった様子で叫んだ。
「何をなさっているのです!」
焦った様子の彼女は持っていた物を素早く置くと直ぐに駆け寄り、彼の傷を触らないように優しく抱えて、寝台に横たわらせた。
「起きようとしただけなのです、それ程に急がれなくても」
「傷はまだ塞がっていません、今起きたりなんかしたら開いてしまいます。どうかこれから暫くはそんなことは成されませんように」
「分かりました。心配させてしまって申し訳ありません」
「謝られるより、下手なことはしないようにしてくれる方が有難いです。さぁ、傷の様子を見ますよ」
シリウルはボロミアに前に開く服を着させていたので、偉丈夫な彼でも楽に脱がさせられた。
当の本人は女性に服を脱がされ、困っている様子だったがそんな事は気にも止めず、着々と包帯を替えていくと、ボロミアが戸惑っている間に服までも着せ直してしまった。
呆気にとられながらもボロミアがシリウルを見つめると、何を勘違いしたのか彼にタオルを委ねた。
「汗が気持ち悪ければこちらでお拭きになって下さい」
「いえその、気遣いは有難いのですが違うのです。ここにはあなたしか居られないのですか?」
「ええそうです、ここは私一人で切り盛りしていますが」
「……ではその、私をすっかり着替えさせて下さったのもあなたで?」
心配し過ぎてどこか怯えた様子のボロミアは、震える声でそう問うた。彼の希望に反してシリウルは首を縦に降り、肯定の意を示した。
ボロミアは言葉を失って、女性にそんなことをさせた申し訳なさと、恥ずかしさでどうにかなりそうだった。
「空腹ではありませんか?先程食べ物も一緒に持ってきたのです。お望みであれば用意しますが」
「ありがとうございます。実の所先程はそうでもなかったのですが、そう聞いて一気にお腹が空いてきたようだ」
「それは何よりです、今準備しますね」
そう言うと彼女は折り畳み式の何かを持ってきて床に置くと手馴れた様子で開いた。するとたちまちそれは小さめのテーブルになり、寝台から取るにとても丁度いい大きさだった。
感服するボロミアをよそに、シリウルは彼の寝台に手をやり少し前に上げた。
それもどうやってそうなったのか全く分からず、ボロミアは不思議がった。また彼女は手早く籠から食べ物や器を出して並べた。
食べ物はなんと、もはや見慣れたエルフのレンバスのようだった。それが十切れほど、あとは真っ赤のりんごが二個、新しいコップが一個並べられていた。
「これは、レンバスですか?」
ボロミアがそう問うと彼女はとんでもないと今にも言い出しそうな顔をして、こう申した。
「レンバスはエルフ達の中でも高い位の者が持つことを許された物です。私の様な者は見ることもで叶わないでしょう」
そう言われてボロミアは大層驚いた。ロスロリアンでは惜しげもなく彼らに与えられたのだから。
実を言うと彼らにレンバスが与えられたのは異例と言ってもおかしくない対応で、この食べ物が他種族に与えられる様な事は今まで全くなかった。
その様な事をエルフ達が彼らに施したのは、勿論その旅がそれほどに重要だからなのだが、旅の仲間の中でもエルフのレゴラスと、エルフ達の中で過ごしたアラゴルンがだけが真に重要性を理解しているほど、彼らの多くは無知だった。
シリウルは籠を持って川の方に移動して、そして戻ってくるとテーブルに置いてあったコップにポットで水を注いだ。
そして彼がいつでも補充できるようにそのままポットもテーブルに置くと、彼に向き直った。
「どうぞ召し上がれ、レンバスほどではありませんが、こちらの薄焼きパンも特殊な製法で作られた物です。充分に空腹を満たせるでしょう」
そう言われてボロミアはハッと気がつくようにして、彼女に急いでお礼を言った。
それから何から食べようかと少しの間テーブルを珍味しました。そして先ずは空腹を満たすために、レンバスそっくりな風貌の薄焼きパンから口にした。
薄焼きパンは咀嚼する度に香ばしい香りが鼻に突き抜け、味わいが深くなりました。レンバス程ではない、とシリウルは言っていたが、これでも普通のパンとは比べ物にならないくらいの満腹感があった。
彼は余程お腹が空いていたのが一切れ、二切れ、三切れと続々と食べてしまうと、次にりんごに噛みついた。そのりんごもまた大層美味で、とてもみずみずしく甘い味がした。
シリウルは彼が沢山食べているのを見やると嬉しそうに顔を綻ばせ、声をかけた。
「美味しく召し上がって頂けている様で嬉しいです。それにしても、さぞお腹が空いているだろうとは思っていましたが、本当によくお食べになりますね」
「ええ、お恥ずかしいことに」
「1週間も床に伏せっていればそうおかしくはないでしょう、ですから恥ずかしがらずに存分に召し上がって下さいな」
ボロミアは彼女の言葉に甘え、りんごを二つ食べきり、また用意されていた薄焼きパンを全て平らげた。そうしてやっと空腹が満たされると、たちまち真面目な顔をして、また同じように椅子に腰かけたシリウルに向き直した。
「食べ終わったばかりで申し訳ないのですが、あなたに聞きたいことが沢山あるのです」
そう言うとシリウルは特に驚かずに、彼の申し出に返答した。
「ええ、構いません。なんでもお聞きになってください」
「では遠慮なく、あなたの知っている範囲で良いのでお聞きします。私の国のことで何か一報はありませんでしたか?一報というのもただの一報ではなく、一大事というようなものは」
「……いえ特に聞き及びません。貴方が去られた時がいつかは知りませぬが、恐らくそう変わってはいないでしょう。闇は未だに深く、また勢力を増しておりますが、攻め入れられてはいません」
「……ああ、それを聞いて安心しました。本当に、私の心はいつも国に向かっていたものですから」
「故郷なのですから、当然でしょう。他には?」
「私はいつここを出られましょうか?」
シリウルの先を急かす言葉に、キッパリとそう言うと、彼女は難しい顔をして沈黙した。暫くすると言葉を選ぶようにしながら口を開いた。
「正確な日数はまだ分かりません。あなたのその傷はあまりにも酷く、生き残れたのは奇跡の中の奇跡と言えるほどです。馬に乗れるまでを回復とすると、少なく見積っても、これから半月以上はかかるでしょう」
それを聞いてボロミアは肩をすぼませた。少なく見積ってもそれ程かかるのであれば、彼が仲間を救援しに行くことは到底無理だろう。それに前に彼が居たところからも国に戻るまでも遠いのだから、正確な場所が割れぬこの場所も遠い。
これではいつゴンドールが攻めいられても彼は間に合うか分からない。
そもそも起き上がるのも未だ無理なのだから、役に立てるかも分からなかった。
彼が明らかに気分を沈ませていると、シリウルは彼を励ますようにして言った。
「そう気を落とされぬように、闇の動向は今は落ち着いています。だから今は、まずゆっくりお休みなられて早く元気になるのが望ましいかと」
「……ええ、取り敢えずはそうします。それにしてもあなたは賢者のようなことを言われるのですね、それに私よりずっと色々なものが見えているみたいだ」
そう言うと、彼女の瞳は深い色をしてボロミアに微笑みかけた。
「あらゆる者が私に色んな事を伝えてくれるのです。風や手紙、鳥などの動物からも」
「あなたはエルフではないと申されましたが、私には違いが分からない。あなたは百、またはそれ以上の事を知っておられるし、エルフと見間違うほどに美しい」
「それは貴方があまり彼らをご存知になられないからでしょう。まぁ強く否定はしません、貴方がそう思いたいのであれば」
「ではエルフに似た存在、くらいに留めて起きましょう。あなたはよく森に消えますが、あの森の先には何があるのです?」
「私の住居や、ほかの館が。それでも貴方が歩いてそこに着くことはないでしょう」
「何故です?私がまだ起きることもままならぬからですか」
「そういうことでは無いのです。貴方が歩けるようになろうが変わりません。何故なら森には結界があって、館の主、または許された者以外には道が開かれぬからです」
「なるほど、だからこ森の先が見通せないのですね。つくづく不思議なところだ」
「ここは特殊なところですから。成り立ちも今の在り方も。ですから歩けるよう成られても森に挑戦なされぬよう」
「はい、そのように。ではこの場所は一体どこに位置しているのですか?宜しければ地図などが貰えると一番なのですが」
そうボロミアが問うとまたしても彼女は考え混むようにして、言葉を濁らせた。
「……秘めたる森は別名、狭間の森と言い、違う土地を繋ぎ止められて成り立っていて地続きの場所は殆ど無いのです。そこの川も実は繋がっていません、そしてまた何かの因果によって引き寄せられない限りは、繋がることはありません。貴方はその何かの因果によってここに招かれたのでしょう」
「それが何かは、あなたの知識でもお分かりになられないので?」
「ええ、そうです。私は館の主ですが、全ての権限が私の元にある訳ではありせんから。そして因果という物はもしかしたら、ロスローリエンの奥方でもお分かりになられないやもしれぬほど深いものなのです」
「そうですか……長々とした質問の全てにお答え頂きありがとうございます」
「もう良いのですか?またなにかお聞きになりたいことがあれば、遠慮なく」
「ああ、有難うございます」
「それから私は皿を下げますが、お昼時になったらまた来ます。何か用向きでもあれば、呼んでください」
そう言うとシリウルはもう食べ物が残っていない皿だけを持って、森の方に去っていった。恐らく彼女が言っていた住居に帰るのだろう。
そこもまたここと同じように簡素で美しいのだろうと、想像を巡らせながらボロミアは水を一杯飲んで、また注ぎ足していつでも飲めるようにした。
