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第1式-神前の悪魔-

一枚を2人で分けた申請書は、例のVIPルームに入るなり、柘榴さんの横に立っていた、派手な色をしたシャツを着た男の人に手渡された。
「あれ。いいんですか。てっきり更級さんという方に渡すのかと」
少し広い部屋の真ん中にある簡素な机で気まずげにお茶をすする男女を横目で見ながら、僕は田上さんに小声で言った。
「ん?あぁ、あれが更級の野郎でごぜーますよ」
田上さんの親指がクイっと派手なワイシャツに向かって傾けられた。
「あ、そうだったんですか。………え。あの人が更級さんって」
納得して頷きかけたが、頭の隅に"ある"ことを思い出して動きが止まる。
先程まであんなに威勢がよかった男性はすっかり縮こまってしまっている。その隣、婚約者の女性の前には、会社のパンフレットが開いて置いてあった。一番右上にある、あの文字は…。
「さ、更級…ウェディング」
驚くと本当に人は、あわわ、と声が出るものらしい。口を開けたまま柘榴さんの隣を凝視していると、僕が人事だとかシャツが派手だとか思っていたその人が、書類を確認していた手を止め、事もあろうに僕なんかに会釈をする。僕は弾かれるように、前屈と見紛うばかりに頭を下げた。何か一言、謝罪か、挨拶かを述べなければ。
「お客様、お待たせ致しました。今から担当の2人から詳しい説明がございますので、どうぞ楽にしてお聞きください」
しかし更級さんの声に僕の動揺は遮られる。顔を上げた頃にはもう更級さんはドアを開け、柘榴さんとともに室外に出ようとしているところだった。
「本日は数ある中から、弊社更級ウェディングをお選びいただきありがとうございました。お客様とお連れ様に、どうか幸あらんことを」
頭を下げた2人は、そのまま静かに扉を閉める。部屋には、お客様夫婦と田上さん、そして僕がポツリと取り残された。

「かってぇなぁ。ほら、大里お前はこっちでごぜーます」
田上さんは女性の向かいの椅子に僕を座らせ、自身は男性の前に座り頬杖をついた。
「俺は親切でごぜーますので、ありきたりな既存のプランを提示してやるような、心ない真似はしねーんですよ」
卓上の緩いお茶をすすりながら田上さんはこう続ける。
「おたくは人生最高の日に一体何がしたいのか。それをまずお聞かせ願いましょうか」
癖なのだろう。彼はまた足を組むと深々と椅子に座って背もたれに体重をかけた。田上さんに促され、男性は口を開く。
「豪華で盛大で、とにかく盛り上がる式だ。予算は15万。やるのは来週の日曜だ」

僕は、 今日の帰りもいつも通り、就職案内書を買うことを心に決めた。
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