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第2式

「いや、悪いことでないのはわかってるんだよ。でも、あんなに嬉しそうに誰かのことを話す保奈美を、俺は知らないんだ」

白無垢から数歩離れてテーブルの上。
がっくりとうなだれた頭の前で両の手を組む弘樹さんは、情けない声を出した。

「保奈美があんなに笑うのだって、俺はそんなに見たことなかったし…彼女のお陰だとはわかってるんだが……ちょっと、いや、だいぶ悔しかったんだ」
散垣さんに保奈美を取られた気がして、と深いため息を吐いた弘樹さんの前で、クリーム色のコーヒーを啜る。
成る程、これはなんというか、田上さんが好きそうな話だ。
恋人を笑顔にしてくれた女性に対する薄暗い憎しみをあの人は敏感に感じ取り、愉悦に唇を歪めたに違いない。きっと、白無垢で和ドレスを作りプレゼントすることを提案したのも、そんな弘樹さんを気に入ったからだ。僕は弘樹さんがしたよりも幾分か細く息をつくと、白無垢と睨めっこを続ける目黒さんに目を向けた。
僕の視線に気づいた彼はパカリと口を開けて笑う。
「終わった?」
シュルシュルと小気味のいい音がして、彼の巻き尺がその薄い手のひらに収まっていく。
「そーんなの気にするこたぁないよって言ったげてー。好きな人が自分以外の人の話をするの、そりゃあ面白くないよ。ねー?」
同意を求めるように僕の顔を覗き込む子どもっぽい仕草に苦笑いしつつ、僕は頷いた。
「そうですよ。保奈美さんがどんなに散垣さんと仲が良くても、夫に選んだのは弘樹さんです。自信を持って下さい」
そんな僕の言葉に、ますます項垂れて、弘樹さんは机に突っ伏し、蚊の鳴くような声を出す。
「自信が………ないんだ」
目を見開いた僕の前で、床にめり込んでしまいそうな程落ち込んだ弘樹さんはポツポツと語り始める。
「あれは…俺と保奈美が高校生の時だった……」

8割惚気で1割保奈美さんの自慢だったので、内容については割愛する。
要するに、こんなに素晴らしい保奈美さんを、その自覚がないのをいいことに半ば騙すような形で婚約を取り付けたのが後ろめたいのだそうだ。
「騙すって…そんな」
「散垣さんのおかげで彼女はきっと気づくんだ。自分に相応しい男なんか、俺じゃなくてもいくらでもいるって」
どうしてみんなこう自信のない人ばかりなんだ、と自分のことを棚に上げて思う。この場合は、保奈美さんが好きすぎるからこその反動でもあるが。
何かと散垣さんのことを引き合いに出す弘樹さんは、手元のコーヒーを酒のようにあおると「だめだ…勝てる気がしない」とぐすぐすと鼻をすすり始めた。
保奈美さんの交際歴は知らないが、おそらく弘樹さんにとって、今までのライバルの中でも1番の強敵なのだろう。
流石禁止されていただけのことはある。今回の騒動も、男女が入れ替わっていたらと思うとゾッとする。結婚式場のスタッフとの痴情のもつれなんて笑えない。
弘樹さんは先程から「だめだ」「勝てない」と、散垣さんへの劣等感をぶつぶつと呟いている。そんな弘樹さんの前に座っていた僕は、その既視感のある景色にいてもたってもいられなくなった。
「弘樹さん」
立ち上がった僕は向かいにいた弘樹さんの隣に回り込み、その塞ぎ込んだ顔を覗き込むように床に片膝をついた。
「勝ちにいきましょう。弘樹さん」
どこかで聞いたセリフを、あの人よりもずいぶん頼りない声音で告げる。
弘樹さんがびくりと肩を揺らし、ゆっくりと顔をあげた。
「意外と強気だね」
一連の流れを頬杖をついて見ていた目黒さんが、面白そうに僕を見る。
「僕の言葉じゃありません。ある人からの受け売りです」
そう言って立ち上がった僕を、弘樹さんはきょとりと見上げた。

「言うねぇ。田上さんなら、確かにそう言うだろうねぇ」
目黒さんは薄墨の彼のように口の端を釣り上げて笑った。
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