第2式
「和ドレス、ですか?」
弘樹さんと共に登った急な螺旋階段。
登った先の空間には立派な白無垢がかけられており、先程声をかけてきた青年が3つのカップにお茶を入れていた。
「えぇ」
弘樹さんは白無垢に歩み寄りその立派な鶴の刺繍を撫でると、コーヒーを入れてにこやかに笑う彼をちらりと見た。
「俺が保奈美にやってやれることを探していたら、あの髪の長い…田上さんであってるかな?彼が提案してくれたんだ」
いい奴紹介してやるでごぜーますよと耳元で囁かれた時は何事かと鳥肌の立った腕をさすったけれども、と苦笑いする弘樹さんの横にカップを持った青年が歩み寄る。
「俺は目黒。まだ学生だけどさ、一応ちゃんとブランド持ってるから安心してよー」
はい、と手渡されたそれには既に砂糖もミルクも入っていた。もはやカフェオレに近しいそれに口をつけながら、僕は釈然としないまま首をかしげる。
「弘樹さんが、お母さんの白無垢で和ドレスを作ろうとしているのはわかったんですが、その…なぜ僕は呼ばれたんでしょうか」
ただ監督していろと、そんな無駄なことを頼むような田上さんじゃない。自惚れているようで大変恥ずかしいが、それでも彼なりに僕に役割を見出してここに一人送ったのだと思った。
「君の力が必要だからさ」
目黒さんは田上さんとは対象的な、屈託のない笑みを僕に向けた。
「君、彼女のサイズがわかるんでしょ。彼女を計らなくても。…彼女に聞かなくても」
カップを置いた彼は、巻き尺をシャラリと取り出し、両の手で持つとピンっと張る。
「これはサプライズなんだ。だから保奈美さんにアクションを取ることは避けたい。でも困ったことに、彼女はダイエットを始めたらしくてねー。どうも一番最初にした採寸と、今じゃ些かサイズに差があるみたい。そこでだよ」
成る程、という気持ちと、だから?という気持ちがせめぎ合い、僕はますます首を傾けた。確かに僕の見る限り、彼女の腰回りだとか体積だとか、少しずつではあるが数字が左にずれていっているのはわかる。
しかし。
「それ、散垣さんに聞いたらいいんじゃないですか?」
今は彼女が保奈美さんのドレスのサイズや型を全て把握している。なんなら、特になんの疑問も抱かせずにより細かな採寸をして、電話なりなんなりで教えてくれるだろう。彼女はきっと、そういうサプライズが好きで、協力的に違いない。
「あはは。僕もそう言ったんだけどねー」
目黒さんはからからと笑った。
「田上さん曰く、『ここで柘榴ちゃんの手を借りちゃあ意味ねーんですよ』だそうで。…ねー、花婿さん」
目黒さんが仰ぎ見た弘樹さんの顔は、ひくりと口の端を動かして強張った。
ここで何故弘樹さんに話が振られるのか。
僕は傾けていた首を最早寝かせながらその下がった眉の更に下の瞳を見つめた。
「……あ」
そして思い出す。
『あれが柘榴ちゃんの"デフォルト"なんでごぜーますが、あれあんますると下手に相手に気を持たせかねねーんで、禁止なんですよ』
ずっと、男性客が散垣さんのことを好きになってしまうのかと思っていた。いや、きっとそれもある。あるが、今回はそっちじゃなかったのだ。
「弘樹さん、散垣さんに保奈美さんを取られて、嫉妬してるんですか」
んん、と喉奥で唸った弘樹さんは、その骨ばった手で赤い顔を覆い隠した。
弘樹さんと共に登った急な螺旋階段。
登った先の空間には立派な白無垢がかけられており、先程声をかけてきた青年が3つのカップにお茶を入れていた。
「えぇ」
弘樹さんは白無垢に歩み寄りその立派な鶴の刺繍を撫でると、コーヒーを入れてにこやかに笑う彼をちらりと見た。
「俺が保奈美にやってやれることを探していたら、あの髪の長い…田上さんであってるかな?彼が提案してくれたんだ」
いい奴紹介してやるでごぜーますよと耳元で囁かれた時は何事かと鳥肌の立った腕をさすったけれども、と苦笑いする弘樹さんの横にカップを持った青年が歩み寄る。
「俺は目黒。まだ学生だけどさ、一応ちゃんとブランド持ってるから安心してよー」
はい、と手渡されたそれには既に砂糖もミルクも入っていた。もはやカフェオレに近しいそれに口をつけながら、僕は釈然としないまま首をかしげる。
「弘樹さんが、お母さんの白無垢で和ドレスを作ろうとしているのはわかったんですが、その…なぜ僕は呼ばれたんでしょうか」
ただ監督していろと、そんな無駄なことを頼むような田上さんじゃない。自惚れているようで大変恥ずかしいが、それでも彼なりに僕に役割を見出してここに一人送ったのだと思った。
「君の力が必要だからさ」
目黒さんは田上さんとは対象的な、屈託のない笑みを僕に向けた。
「君、彼女のサイズがわかるんでしょ。彼女を計らなくても。…彼女に聞かなくても」
カップを置いた彼は、巻き尺をシャラリと取り出し、両の手で持つとピンっと張る。
「これはサプライズなんだ。だから保奈美さんにアクションを取ることは避けたい。でも困ったことに、彼女はダイエットを始めたらしくてねー。どうも一番最初にした採寸と、今じゃ些かサイズに差があるみたい。そこでだよ」
成る程、という気持ちと、だから?という気持ちがせめぎ合い、僕はますます首を傾けた。確かに僕の見る限り、彼女の腰回りだとか体積だとか、少しずつではあるが数字が左にずれていっているのはわかる。
しかし。
「それ、散垣さんに聞いたらいいんじゃないですか?」
今は彼女が保奈美さんのドレスのサイズや型を全て把握している。なんなら、特になんの疑問も抱かせずにより細かな採寸をして、電話なりなんなりで教えてくれるだろう。彼女はきっと、そういうサプライズが好きで、協力的に違いない。
「あはは。僕もそう言ったんだけどねー」
目黒さんはからからと笑った。
「田上さん曰く、『ここで柘榴ちゃんの手を借りちゃあ意味ねーんですよ』だそうで。…ねー、花婿さん」
目黒さんが仰ぎ見た弘樹さんの顔は、ひくりと口の端を動かして強張った。
ここで何故弘樹さんに話が振られるのか。
僕は傾けていた首を最早寝かせながらその下がった眉の更に下の瞳を見つめた。
「……あ」
そして思い出す。
『あれが柘榴ちゃんの"デフォルト"なんでごぜーますが、あれあんますると下手に相手に気を持たせかねねーんで、禁止なんですよ』
ずっと、男性客が散垣さんのことを好きになってしまうのかと思っていた。いや、きっとそれもある。あるが、今回はそっちじゃなかったのだ。
「弘樹さん、散垣さんに保奈美さんを取られて、嫉妬してるんですか」
んん、と喉奥で唸った弘樹さんは、その骨ばった手で赤い顔を覆い隠した。