第2式
「大里、お前のアレって、高さ以外にも使えんのです?」
僕にはなんの打ち合わせも入ってない、比較的暇な日の午前。田上さんはスマートフォンを耳に当てながら突然背後の僕に話を振った。
「へ?え?アレってなんですか?」
田上さんも知らないことを僕が知るわけない。そもそもあれってなんだ。僕は何かあっただろうかと、慌てて数日前に買った手帳を広げた。
「俺の身長とか当てたアレだよ」
田上さんは保留もかけずに、電話に出る音量そのままで言った。
「あぁ」
アレ、なんて回りくどい言い方をするから何かと思ったが、なんだそういうことか。僕は頷いて「飾りつけですか?」と聞いた。
「そ」
一言二言電話の向こうに声を投げた田上さんは、スマートフォンを置くと、走り書きをしたメモを乱暴に引きちぎり僕の前に差し出した。
「これは?」
「今からなら…遅くても昼前に着くだろ」
乱雑にどこかの住所が書かれている。
「待ってください。田上さんこの後会議じゃないですか」
今からここに行くとなると、会議に出られない。僕は手帳に書き込んだ丸印を確認しながら言った。
「俺の会議なんてかんけーねーですよ。それはお前が行くんでごぜーますから」
当たり前のように言われた言葉にギョッとする。まさか1人で行けというのだろうか。びっくりして手元の紙を握りしめた。
「ま、待ってください。えっと、せめて何か事前情報だけでも」
田上さんは会議室への扉を開きながら、慌ただしく紙とペンを取り出す僕に言った。
「次にてめーに飾り付けてもらうのは、花嫁でごぜーます」
***
天弓芸術大学。
あらゆる学問を芸術と位置づけ、あらゆる分野においてその名前を轟かせる。
そんな大学の被服棟の前に僕は立っていた。
「な、なんで大学なんかに」
田上さんは僕にメモを押し付けたあと特に何も言わずに会議へと向かった。
誰に会えとも言ってもないし書いていない。もしかして、この大学の有名な先生に用でもあるんだろうか。
行動力のある人なら、そこかしこにいる人に質問したりできるのかもしれない。でも、僕は生憎そういう人ではなかった。
「…どうしよう」
すれ違う人が皆僕を見ているような気がする。いつもなら田上さんを見ているのだろうと言えたが、今はそんな言い訳も通用しない。
田上さんからメモを渡されここに来るまで、恐ろしいことに僕には全く不安がなかった。
今まで田上さんの横にいてすっかり忘れていたのだ。自分がどういう人間なのか。
頰をバシンと一度叩き、深呼吸をする。
少し息を詰めて、震える手でドアを押した。
僕がどういう人間かは、今関係ない。
今は、保奈美さんや弘樹さん、そして、更級ウェディングの人たちのことだけを考えるんだ。
今までの僕じゃ踏み出せなかった一歩を踏み出す。
僕があの日保奈美さんに見せた自信が、決してあの場限りのものではないことを、僕の歩みで証明してみせる。
「すみませんっ。誰かいま………うわっ!!」
意を決して踏み入れた室内は、人影もなく整然としていた。
それなのに、一体何に躓いたのか。
たたらを踏んで転がった僕は、玄関のすぐ目の前にあった螺旋階段の前に体を投げ出すことになった。
「いっ、てて」
運悪くあった箱や装飾の出っ張りが、薄い体に食い込む。
「大丈夫?そこみんな転ぶんだ」
服をめくって青く腫れた腕を確認していると、真上から声がする。
首をそらし、自然光の注ぐ天井を見上げた。見ると、吹き抜けの先、黒い髪が靡いている。
「大里さんでしょ。話は田上さんから聞いてるよ。みんな揃ったし、少し休んだら一緒に作業しよっかあ」
にこにこと微笑む彼の横、枯れ木のような影がにゅっと出てきて、螺旋階段を降りて来る。
カンカンと軽い音が耳をくすぐる中、僕は、その意外な人物との対面に、目を瞬かせていた。
「弘樹…さん?」
心配そうに僕に駆け寄り手を差し伸べてくれた彼は頰を掻いて「お世話になってます」とはにかんだ。
僕にはなんの打ち合わせも入ってない、比較的暇な日の午前。田上さんはスマートフォンを耳に当てながら突然背後の僕に話を振った。
「へ?え?アレってなんですか?」
田上さんも知らないことを僕が知るわけない。そもそもあれってなんだ。僕は何かあっただろうかと、慌てて数日前に買った手帳を広げた。
「俺の身長とか当てたアレだよ」
田上さんは保留もかけずに、電話に出る音量そのままで言った。
「あぁ」
アレ、なんて回りくどい言い方をするから何かと思ったが、なんだそういうことか。僕は頷いて「飾りつけですか?」と聞いた。
「そ」
一言二言電話の向こうに声を投げた田上さんは、スマートフォンを置くと、走り書きをしたメモを乱暴に引きちぎり僕の前に差し出した。
「これは?」
「今からなら…遅くても昼前に着くだろ」
乱雑にどこかの住所が書かれている。
「待ってください。田上さんこの後会議じゃないですか」
今からここに行くとなると、会議に出られない。僕は手帳に書き込んだ丸印を確認しながら言った。
「俺の会議なんてかんけーねーですよ。それはお前が行くんでごぜーますから」
当たり前のように言われた言葉にギョッとする。まさか1人で行けというのだろうか。びっくりして手元の紙を握りしめた。
「ま、待ってください。えっと、せめて何か事前情報だけでも」
田上さんは会議室への扉を開きながら、慌ただしく紙とペンを取り出す僕に言った。
「次にてめーに飾り付けてもらうのは、花嫁でごぜーます」
***
天弓芸術大学。
あらゆる学問を芸術と位置づけ、あらゆる分野においてその名前を轟かせる。
そんな大学の被服棟の前に僕は立っていた。
「な、なんで大学なんかに」
田上さんは僕にメモを押し付けたあと特に何も言わずに会議へと向かった。
誰に会えとも言ってもないし書いていない。もしかして、この大学の有名な先生に用でもあるんだろうか。
行動力のある人なら、そこかしこにいる人に質問したりできるのかもしれない。でも、僕は生憎そういう人ではなかった。
「…どうしよう」
すれ違う人が皆僕を見ているような気がする。いつもなら田上さんを見ているのだろうと言えたが、今はそんな言い訳も通用しない。
田上さんからメモを渡されここに来るまで、恐ろしいことに僕には全く不安がなかった。
今まで田上さんの横にいてすっかり忘れていたのだ。自分がどういう人間なのか。
頰をバシンと一度叩き、深呼吸をする。
少し息を詰めて、震える手でドアを押した。
僕がどういう人間かは、今関係ない。
今は、保奈美さんや弘樹さん、そして、更級ウェディングの人たちのことだけを考えるんだ。
今までの僕じゃ踏み出せなかった一歩を踏み出す。
僕があの日保奈美さんに見せた自信が、決してあの場限りのものではないことを、僕の歩みで証明してみせる。
「すみませんっ。誰かいま………うわっ!!」
意を決して踏み入れた室内は、人影もなく整然としていた。
それなのに、一体何に躓いたのか。
たたらを踏んで転がった僕は、玄関のすぐ目の前にあった螺旋階段の前に体を投げ出すことになった。
「いっ、てて」
運悪くあった箱や装飾の出っ張りが、薄い体に食い込む。
「大丈夫?そこみんな転ぶんだ」
服をめくって青く腫れた腕を確認していると、真上から声がする。
首をそらし、自然光の注ぐ天井を見上げた。見ると、吹き抜けの先、黒い髪が靡いている。
「大里さんでしょ。話は田上さんから聞いてるよ。みんな揃ったし、少し休んだら一緒に作業しよっかあ」
にこにこと微笑む彼の横、枯れ木のような影がにゅっと出てきて、螺旋階段を降りて来る。
カンカンと軽い音が耳をくすぐる中、僕は、その意外な人物との対面に、目を瞬かせていた。
「弘樹…さん?」
心配そうに僕に駆け寄り手を差し伸べてくれた彼は頰を掻いて「お世話になってます」とはにかんだ。