第2式
「ドレスについては、こっちでなんとかしといてやるでごぜーますよ」
田上さんはもう歩き始めていた。
保奈美さんの足元に気をつけながら、僕も慌てて後を追う。
「あ、あの!」
今更花壇を気にし始めた彼女は、泥で汚れたドレスの裾を持ち上げて、先を行く彼の背に向かって叫ぶ。
「わ、私、今度こそ変わります!努力して、変わります!」
突然の、決意表明。
いや、彼女にとってそれは、突然ではなかったのかもしれない。保奈美さんは、もう下を向いてはいなかった。
「な、何をすればいいのっ。私!」
どんなことでもしてみせます、と彼女は、ドレスの裾をさらに強く握る。
先を行く彼はその声に僅かに歩みを止めた。花弁の絡まる白糸が、風に流される。
振り返りながらつまらなそうに、彼はこう言った。
「べっつにぃ」
唖然とした僕らをおいて、ひと足先に室内へと足を踏み入れる。
彼がおもむろに持ち上げたスマートフォンには、誰かの電話番号が表示されていた。
***
「ふふ、お三方とも仲良しで何よりです」
室内に入った僕らは、真っ先に散垣さんと弘樹さんの元に戻り、2人に謝罪をした。
花嫁の顔色が良くなったのを見て、弘樹さんは痛めた腰をさすりながらホッとしたように笑みを浮かべている。
「ご、ごめんなさい。心配かけて」
泥だらけの花嫁と腰をさする新郎は、なんともでこぼことした風に見えたが、見つめ合う2人、特に保奈美さんの顔は憑き物が落ちたようにさっぱりとしていて、お似合いの2人だなぁと僕は思った。
「ところで田上さん」
和やかに新郎新婦を見守っていた散垣さんは、柔らかな笑みを浮かべたまま、僅かに土に濡れた白髪の彼を見上げる。
「私、"解禁"って本当?」
解禁?毎年某アルコールに使われている以外、なかなか聞きなれない単語だ。
細い人差し指を自分に向けて、散垣さんはキョトンとしてみせた。
「おう。更級の野郎には俺から言っといてやんですよ」
田上さんは、目を細めて口角をゆっくりと上げた。
「おい」
突然声をかけられてびくりとしながら、花嫁と花婿は腕組みをした彼を見る。
「今日からこいつも、てめーらの担当でございます」
「え」
腕を組んだまま顎をしゃくった彼を、驚きのあまり凝視する。
「散垣柘榴。ば、ら、が、き、ざ、く、ろ。と申します。うふふ、宜しくお願いしますね」
手を前で組んでお辞儀をした彼女は、ポカンとした花婿と、気まずげに目を逸らした花嫁に微笑みかけた後、こてん、とあざとく首を傾げてみせた。
「ちょっと」
僕は小声で叫びながら、田上さんの顔を引き寄せた。
「どういうことですか!散垣さんは受付の人ですし、それに…」
ちらりと見ると、彼女は挨拶のためなのか新郎新婦にゆっくりと近づいているようである。そして、近く距離に比例して、保奈美さんの顔はどんどん青くなっていく。
当たり前だ。さっき無理やりとはいえ悪口を言った対象なのだ。人のいい保奈美さんが、気にしない訳がない。
「だぁーいじょーぶでごぜーますよぉ」
彼は、全く声を潜めようとしなかった。
「柘榴ちゃん。あれでなかなかすげーんで」
顔がドレスのように白くなってしまった保奈美さんの前に立った散垣さんは、ニコリ、と快活に微笑んだ。
「あー。でも、ある意味では大丈夫じゃねーかもしんねーですが」
田上さんが一瞬何かを思案するように上を見た後、すぐに視線を散垣さんへと戻す。
その視線を追い、僕も散垣さんの傷だらけの手が、花嫁の柔らかな手を掴んで包み込むのを見た。
「ねぇあなた、恋してる?」
月のように細められた瞳は、獲物を見つけた猫のようにキラキラとしていた。
田上さんはもう歩き始めていた。
保奈美さんの足元に気をつけながら、僕も慌てて後を追う。
「あ、あの!」
今更花壇を気にし始めた彼女は、泥で汚れたドレスの裾を持ち上げて、先を行く彼の背に向かって叫ぶ。
「わ、私、今度こそ変わります!努力して、変わります!」
突然の、決意表明。
いや、彼女にとってそれは、突然ではなかったのかもしれない。保奈美さんは、もう下を向いてはいなかった。
「な、何をすればいいのっ。私!」
どんなことでもしてみせます、と彼女は、ドレスの裾をさらに強く握る。
先を行く彼はその声に僅かに歩みを止めた。花弁の絡まる白糸が、風に流される。
振り返りながらつまらなそうに、彼はこう言った。
「べっつにぃ」
唖然とした僕らをおいて、ひと足先に室内へと足を踏み入れる。
彼がおもむろに持ち上げたスマートフォンには、誰かの電話番号が表示されていた。
***
「ふふ、お三方とも仲良しで何よりです」
室内に入った僕らは、真っ先に散垣さんと弘樹さんの元に戻り、2人に謝罪をした。
花嫁の顔色が良くなったのを見て、弘樹さんは痛めた腰をさすりながらホッとしたように笑みを浮かべている。
「ご、ごめんなさい。心配かけて」
泥だらけの花嫁と腰をさする新郎は、なんともでこぼことした風に見えたが、見つめ合う2人、特に保奈美さんの顔は憑き物が落ちたようにさっぱりとしていて、お似合いの2人だなぁと僕は思った。
「ところで田上さん」
和やかに新郎新婦を見守っていた散垣さんは、柔らかな笑みを浮かべたまま、僅かに土に濡れた白髪の彼を見上げる。
「私、"解禁"って本当?」
解禁?毎年某アルコールに使われている以外、なかなか聞きなれない単語だ。
細い人差し指を自分に向けて、散垣さんはキョトンとしてみせた。
「おう。更級の野郎には俺から言っといてやんですよ」
田上さんは、目を細めて口角をゆっくりと上げた。
「おい」
突然声をかけられてびくりとしながら、花嫁と花婿は腕組みをした彼を見る。
「今日からこいつも、てめーらの担当でございます」
「え」
腕を組んだまま顎をしゃくった彼を、驚きのあまり凝視する。
「散垣柘榴。ば、ら、が、き、ざ、く、ろ。と申します。うふふ、宜しくお願いしますね」
手を前で組んでお辞儀をした彼女は、ポカンとした花婿と、気まずげに目を逸らした花嫁に微笑みかけた後、こてん、とあざとく首を傾げてみせた。
「ちょっと」
僕は小声で叫びながら、田上さんの顔を引き寄せた。
「どういうことですか!散垣さんは受付の人ですし、それに…」
ちらりと見ると、彼女は挨拶のためなのか新郎新婦にゆっくりと近づいているようである。そして、近く距離に比例して、保奈美さんの顔はどんどん青くなっていく。
当たり前だ。さっき無理やりとはいえ悪口を言った対象なのだ。人のいい保奈美さんが、気にしない訳がない。
「だぁーいじょーぶでごぜーますよぉ」
彼は、全く声を潜めようとしなかった。
「柘榴ちゃん。あれでなかなかすげーんで」
顔がドレスのように白くなってしまった保奈美さんの前に立った散垣さんは、ニコリ、と快活に微笑んだ。
「あー。でも、ある意味では大丈夫じゃねーかもしんねーですが」
田上さんが一瞬何かを思案するように上を見た後、すぐに視線を散垣さんへと戻す。
その視線を追い、僕も散垣さんの傷だらけの手が、花嫁の柔らかな手を掴んで包み込むのを見た。
「ねぇあなた、恋してる?」
月のように細められた瞳は、獲物を見つけた猫のようにキラキラとしていた。