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第2式

「この際言っちまいますが、てめーの周りの奴らがてめーをどう思ってやがろうと、知ったこっちゃねーんですよ」
田上さんは自らのスーツについた葉っぱや土をパンパンと叩き落とした。
「いいでごぜーますか?てめーの周りがてめーを『綺麗』だと言っても、それがてめーに届かなきゃ意味がねぇ」
背中でもぞもぞと手を動かす彼に代わり、僕が土に濡れた背中を払い、髪に絡んだ花を摘む。
僕にされるがまま、彼は続けた。
「そして、その逆だってあるんでごぜーます。てめーが自分に自信さえ持ってれば、周りがいかに『デブ』『惨め』『ちょーウケる』なんて言ってようが」
この人が投げる鋭利な言葉の切っ先は、いつだって心臓に深々と突き刺さる。
それなのに、やたら優しく熱いのでタチが悪い。
「あんたは間違いなく、世界一綺麗だ」
花嫁の頰に朱が走る。
これは照れでも羞恥でも、ましてや恋慕でもない。
自分が世界一綺麗になれるという彼の言葉に、彼女は高揚した。
なんの根拠もない。ただの一介のコンサルタントの精神論だ。それなのに、どうしてこの人の言葉はこうも魅力的なのか。
それは、自信が周りと自分にいかに影響を与えるのか、この人が体現しているからだろう。
花嫁はこのなんとも抽象的な甘言に魅了され、生唾を飲むことになる。今彼女の中で1番欲しいものは、可愛いドレスではなく、自分への自信になった。
自分を世界一可愛くする自信に。

「わ、私…」
花嫁が、田上さんの言葉に前を向く。
「じ、自信が欲しい!結婚式でくらい、誰よりも綺麗なんだって胸を張りたい」
田上さんに怯えていた瞳は、何かを決意したように僕と彼を見つめ返した。
「結婚式でくらい?馬鹿言ってんじゃねーですよ」
田上さんは、花嫁のドレスについた土をはたくと、その柔らかな肩に手を置き、丸まっていた白い背中をぐっと無理やり伸ばす。
「結婚式が終わっても、これから一生あんたは綺麗になれる。絶対」
彼は背丈が幾分伸びた彼女から手を離し、僕の隣に歩み戻った。
「俺、嘘ついたことねーんで」
な、大里。と彼が僕を見てニヤリと笑う。
「はい」
僕は顔を上げて、保奈美さんに微かに微笑んだ。

彼女の目に映る僕が、もしも多少の自信をたたえて見えたのだとしたら、それは紛れもなく、全て彼から貰ったものである。
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