このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

第2式


「あんたの着替え手伝った、若い女がいたでごぜーましょ」
田上さんは、右手のひらを上に向けてちょちょいと指を動かした。
立て、と言っているらしい。
「あの受付の女の印象、良いとこも悪いとこも全部言ってみろです」
受付の女。
おそらく散垣さんのことだろう。でも、どうして今ここで散垣さんの話をするのかわからなかった。
「どうって…」
保奈美さんは壁に手を付きゆっくりと立ち上がると、少し考えて躊躇いがちに口を開く。
「綺麗で、明るくて、優しい…とか」
田上さんの意図と視線に怯え、語尾はどんどんすぼんでいった。
「悪いところは?」
彼は笑顔で花嫁を追い詰める。
「えっと…」
詰まった声を促すように、田上さんは続けた。
「お節介が過ぎるとか、自分が可愛いのがわかってそうで鼻につくあざとい無理この売女め!とか、なーーんかあるでごぜーましょ」
本人のいないところで酷いことを言う人だ。田上さんがあまりに器用にいくつも散垣さんの悪口を言うので、僕はハラハラしながら周りを見た。裏庭なだけあって人通りは少なく、誰かの耳に入ることもなさそうだ。安心してそっと息を吐く。
暫くすると、田上さんが誘い水になったのか、少しずつ保奈美さんも散垣さんへの思うところを話し始めた。
「す、スカートが短い…とか」
目線がキョドキョドと泳ぐ。
「他には?」
優しい声が先を促す。
「…私が太ってるからって、チョコを勧めてくるところとか」
そのチョコレートみんなにあげてるんですよ、と言うのは論点がズレているのだろうか。
立ち上がったことで見やすくなった田上さんの顔を、ちらりと見る。
僕の視線に気がついた彼は、歯を見せて「しー」っと言うと、「他には?」と更に彼女を追い詰めた。
「お、男遊びが激しそう」
わあ、と声が出る。気持ちはわからないでもないが、女の人同士って結構怖いものなのかもしれない。
散垣さん程の良い人でも、言おうと思えばこんなに悪口を言えてしまうものなのか、とちょっと怖くもなった。
「もう言い切ったでごぜーますかぁ」
と、彼が言ったのに対して食い気味に花嫁は、全て出し切りましたから、と告げる。
ここまで来るともう絞り出したと言っても過言ではないレベルだが、彼に言われるがままに悪口を言い切ることはできた。
さて、次だ。一体何のためにこんな事をさせたのか。それが重要なのである。
悪口なんて言い慣れていないのだろう、精神的にだいぶ摩耗した花嫁は、薄ら笑いを浮かべたままの彼を、咎めるように見つめ返した。
「なんなの…今の一体」
丸い顔を更に膨らませた花嫁の左頰を、いや、少し上のこめかみにも近いそこを、田上さんはトンと人差し指で押した。
「あんた、柘榴ちゃんの火傷のこと、一切言わねーんですね」
口元は笑っている。目もきっと笑っている。それなのに、声はこんなにも真剣だ。
「え、あっ」
保奈美さんは言葉を詰まらせた。
そう言えば、という風に顔を上げた彼女の顔を、散垣さんの火傷の跡そのままになぞる。
「あーーんなに目立つ跡、今更思い出したんでごぜーますかぁ?怖いだとか可哀想だとか、思ってたんならそれをさっき言っちまえばよかったんでごぜーますが。…ぶっちゃけ全く頭になかったんじゃねーですか?」
僕と保奈美さんは、はっという顔をした。

「それが柘榴ちゃん…あの受付の女とてめーの違いでごぜーますよ」
彼は花嫁の顔をなぞっていた指を離す。
「柘榴ちゃんはあの火傷の跡、まっっっったく気にしてねーんです」
あーんな酷ぇ跡なのにでごぜーますよ?と田上さんは笑った。
「柘榴ちゃんは自分の体にいくら傷が付いてようが、顔にケロイドが張り付いてようが気にしちゃねぇ。それどころか、自分にちゃんと自信を持って生きてんです」
先程保奈美さんが短いと言ったスカートから、伸びる足を思い出す。そうだ。あの短いスカートに顔を赤くする僕らは、颯爽と眼前を通り過ぎる細脚に、痛々しい跡がいくつも刻まれているのを知っていたじゃないか。
でも、本当に、すっかり意識しなくなってしまうのだ。目に見えているのに、気に留めない。彼女の体に刻まれたそれらは、たわいもない、それこそホクロのように、意識しないと見えなくなってしまう。

「な、なんなの、さっきから」
話が見えない、と不信感を露わにした彼女。
そんな彼女が幸せになるための術を、彼はきっと知っている。
「柘榴ちゃんの傷が気にならねぇのは、柘榴ちゃんが気にしてねーからでごぜーます」
彼の長髪を風が揺らす。一瞬見えなくなった顔が再び目の前に晒されたとき、彼の笑みは深淵のように深くなっていた。
「てめーに必要なのは、可愛いドレスでも、細い身体でもねぇ。自分に対する"自信"でごぜーます」
それがあれば苦労はしてない、と他の人なら呆れるのだろう。けど、僕は知っている。
この人は誰よりも人に自信をつけるのが上手い。

僕がその証明だ。
7/18ページ
スキ