第2式
キョトンとした花嫁に、僕は言葉を付け加えた。
「保奈美さんは、例えそう言われなくても、『そう思ってるに違いない』と自分で自分を傷つけてしまっているんです」
知らないうちに力がこもっていたらしい。腕を引いた彼女の力に逆らわず、僕は握っていた手を離す。
「言われなくてもって…。考えればわかるじゃない。みんなそう思ってるって…」
保奈美さんは、僕から視線を外して俯いた。
「それに……本当にそうだったとしてなんの関係があるの?」
小さな声は、外であることもあり酷く聞き取りづらい。しかし、僕らを見下ろす灰色の影はそれを一語一句拾ってみせたようだ。微かに笑う気配がして、頭上から声がした。
「関係大アリなんでごぜーますよなぁ」
声を辿って、首が折れるんじゃないかってくらい空を見上げる羽目になる。そんな僕らを気遣ってくれたのか、それとも別の理由があるのか、彼はまた乱暴に僕らの横にしゃがみ込んだ。
「おいテメー。もしも、もしもだ。仮にうちに、最高のドレスがあって、てめーがそれを着ることができたとしよう。で?それでお前は何を考えると思う?」
鼻先まで顔を近づけて、蛇がカエルを睨むように壁際に花嫁を追い詰めた彼は、化粧も落ちてボロボロの顔に微笑んで見せた。
「な、何って…。う、嬉しいとか?」
居心地悪そうに身動ぐ保奈美さんに同情して、僕は田上さんの腕を微かに引いた。
「3点」
彼は目を細めて一言いうと、腕にかけられた力に逆らわず、身を引いた。
「そりゃあ最初は嬉しいでごぜーましょう。お望み通りの最高のドレスでごぜーます。サイズもなんとぴったり。ファスナーあげて、鏡の前に立って、可愛いドレスを飾るフリルに満足して。そして、てめーは思っちまうことでしょうよ。『私みたいなデブがこんな可愛いドレスを着たら、みんなきっと笑うに違いない』ってね」
花嫁の肩を人差し指で押した田上さんは、大きく開いた襟ぐりから見えるバストに目を細めた後、右側の口の端だけを、器用に釣り上げて見せる。
「式までに劇的に痩せて可愛いドレスを着たとしても状況は変わんねーですよ。断言する。てめーは絶対、何かしら別の理由で文句を言うぜ?そうだなぁ。『エラが張って見える』『痩せてもブスはブスだ』とかどうだ?てめーこんなん好きでごぜーましょう」
めちゃくちゃに優しいテノールが、耳から入って心臓を鷲掴む。
言い過ぎだ。
僕は田上さんの袖をさらに強く引っ張った。
花嫁は恐怖からかドレスよりも顔を白くしている。
そんな花嫁の背後の壁に手をついて、彼は彼女の耳元に吐息を滑り込ませた。
「変わんなきゃ、その可愛い脂肪 も台無しだぜ?子豚ちゃん」
固まったまま、保奈美さんは視線を滑らせ彼を見る。
「でもまぁ、あんたはラッキーだ」
ゆっくりと膝をつき立ち上がった田上さんの顔は、ここからじゃ逆光で見えない。
でもその姿のふてぶてしさも、その声の抗いがたさも、僕らにはありありと伝わった。
「俺たちが、てめーら夫婦を世界一幸せにしてやるよ」
さりげなく追加された"たち"という言葉に、舞い上がってしまった僕を、馬鹿にできる人なんているのだろうか。
「保奈美さんは、例えそう言われなくても、『そう思ってるに違いない』と自分で自分を傷つけてしまっているんです」
知らないうちに力がこもっていたらしい。腕を引いた彼女の力に逆らわず、僕は握っていた手を離す。
「言われなくてもって…。考えればわかるじゃない。みんなそう思ってるって…」
保奈美さんは、僕から視線を外して俯いた。
「それに……本当にそうだったとしてなんの関係があるの?」
小さな声は、外であることもあり酷く聞き取りづらい。しかし、僕らを見下ろす灰色の影はそれを一語一句拾ってみせたようだ。微かに笑う気配がして、頭上から声がした。
「関係大アリなんでごぜーますよなぁ」
声を辿って、首が折れるんじゃないかってくらい空を見上げる羽目になる。そんな僕らを気遣ってくれたのか、それとも別の理由があるのか、彼はまた乱暴に僕らの横にしゃがみ込んだ。
「おいテメー。もしも、もしもだ。仮にうちに、最高のドレスがあって、てめーがそれを着ることができたとしよう。で?それでお前は何を考えると思う?」
鼻先まで顔を近づけて、蛇がカエルを睨むように壁際に花嫁を追い詰めた彼は、化粧も落ちてボロボロの顔に微笑んで見せた。
「な、何って…。う、嬉しいとか?」
居心地悪そうに身動ぐ保奈美さんに同情して、僕は田上さんの腕を微かに引いた。
「3点」
彼は目を細めて一言いうと、腕にかけられた力に逆らわず、身を引いた。
「そりゃあ最初は嬉しいでごぜーましょう。お望み通りの最高のドレスでごぜーます。サイズもなんとぴったり。ファスナーあげて、鏡の前に立って、可愛いドレスを飾るフリルに満足して。そして、てめーは思っちまうことでしょうよ。『私みたいなデブがこんな可愛いドレスを着たら、みんなきっと笑うに違いない』ってね」
花嫁の肩を人差し指で押した田上さんは、大きく開いた襟ぐりから見えるバストに目を細めた後、右側の口の端だけを、器用に釣り上げて見せる。
「式までに劇的に痩せて可愛いドレスを着たとしても状況は変わんねーですよ。断言する。てめーは絶対、何かしら別の理由で文句を言うぜ?そうだなぁ。『エラが張って見える』『痩せてもブスはブスだ』とかどうだ?てめーこんなん好きでごぜーましょう」
めちゃくちゃに優しいテノールが、耳から入って心臓を鷲掴む。
言い過ぎだ。
僕は田上さんの袖をさらに強く引っ張った。
花嫁は恐怖からかドレスよりも顔を白くしている。
そんな花嫁の背後の壁に手をついて、彼は彼女の耳元に吐息を滑り込ませた。
「変わんなきゃ、その可愛い
固まったまま、保奈美さんは視線を滑らせ彼を見る。
「でもまぁ、あんたはラッキーだ」
ゆっくりと膝をつき立ち上がった田上さんの顔は、ここからじゃ逆光で見えない。
でもその姿のふてぶてしさも、その声の抗いがたさも、僕らにはありありと伝わった。
「俺たちが、てめーら夫婦を世界一幸せにしてやるよ」
さりげなく追加された"たち"という言葉に、舞い上がってしまった僕を、馬鹿にできる人なんているのだろうか。