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第1式-神前の悪魔-

神台の前に、3人が揃った。
新郎新婦に挟まれるように真ん中にいた勇太くんは、阿形さんの手を離し神台の裏手にまわると、用意された台に足をかける。
その間に山田さんは空いた阿形さんの手をとり、阿形さんは山田さんの肘にそっと手を添えた。肘を絡ませ再び神台に体を向けた2人の前には、台越しに勇太くんがいる。さっきまで小さな騎士のようだった彼は、今はまるで2人を祝福する司祭のようだ。両親を目の前に彼はガサゴソとせわしなくポケットをかき回すと、くしゃりと歪んだ一枚の紙を取り出し、それをめいっぱい広げた。
「いまから おかーさんと おとーさんの けっこんしきを はじめます!」
「「はじめます!」」
勇太くんの声に押されるように子どもたちが声を上げ、大人たちが慌てて頭をさげる。
幼稚園の子どもたちの体には、号令の後の言葉は繰り返すものだと刷り込まれているらしい。結婚らしからぬ微笑ましい雰囲気に、山田さんのちょっと硬い表情が和らいだ。

さて。
僕は自分の腕時計をちらりと見た。この時点で既に2分。田上さんに言われた時間までは、あと5分ある。
「人の集中力なんてそう長く持つもんじゃごぜーません。まして相手は子ども。しかも大人数。長ぇ式をちんたらやってたら、愚図りだすガキが必ず出てきちまうです。持って5分。長くて7分。この式は短期決戦でごぜーますよ」
仕事が来たな時計係、とあの時田上さんは僕を初めて役職名で呼んだ。
「7分だ。7分を超えた瞬間、段取り通りに式を切り上げさせろ。7分超えなかったら、それはそれで構わねぇです。教えた通りに締めてくれりゃあいい」
細かに何かが書かれた紙が渡される。薄くて小さい紙吹雪にも似たそれは、袖にでも挟んで仕舞えば、きっと誰にも見えないだろう。
「そんな仕事、僕がしてしまっていいんですか」
田上さんの方が、人の扱いに長けている気がした。きっと不測の事態への対処も僕よりできる。締めなんて大事なことは、この人がすべきじゃないだろうか。
そんな僕の顔色を見て、彼はニヤリと笑った。
「ほら。俺は天使様の息子でごぜーますので?神前に出ちまったら目立っちまうんですよ」
彼は自分の、白髪と呼ぶには幾分くすんだ房を持ち上げた。
奇異な見た目の自分がいたらいけないのだと言外に言い含めた彼は、それを気にしている様子もない。彼にとってこれは普通の事なのだろうと、僕は受け取った紙を時計のベルトに挟んだ。

勇太くんが、広げた紙を読み上げる。と言っても、まだうまく文字が読めない彼の手の中にあるのは、彼が自分で描いた絵だ。それが、彼にとっての願いであり、約束であった。
「おかーさん!おいしいごはんを いっぱいつくってね!」
「誓います」
微笑ましい誓いの言葉に、客席から笑顔が溢れたが、阿形さんの父親の表情はまだ固く引き結ばれている。
「おとーさん!ゆうえんちに つれていってね!」
「誓います」
程よく緊張感を残した山田さんは、遊園地の約束1つに背筋を伸ばして答えた。

勇太くんを司祭として置くことを提案したのは「子どもに愛を誓ってみせろ」と、2人をそそのかした田上さんだ。勇太くんにそんなことができるのかと夫妻は心配したが、田上さんが上手く言いくるめたのだろう、結局本人は「ぼくやりたい!」と跳ね回って両親を説得する側に回った。

「けんかしないでね!」
「「誓います」」
たくさんの可愛らしい願いごとが、流れ星のように後から後から溢れ出す。あの時自分も、夫妻とともに心配する側であったが、何てことはない、彼にとってこれもまたお遊戯会の役のようなものなのだ。華やかな役を親の前で演じることができてきっと嬉しいのだろう。誓いを読み上げるその顔は、眩しいくらいの笑顔だ。
年齢相応ながらしっかりした子で、元気もあるが落ち着きもある。このままきっと順調に役割を果たしてくれるだろう。
僕はまたちらりと時計を見る。時間も押していない。このまま何事もなくこの式は終わる。
惜しむらくは阿形さんの父親の表情が変わらなかった事だ。しかし、それはそれとして、全く心動かされなかった訳でもないと思う。思うところがあるかもしれないが、それでも普通の式を機械的にされるよりも、よっぽどマシだ。もしこれが普通の式だったなら、こんなに素敵な親子の姿を見る事は叶わなかっただろう。僕は1人で満足して、すっと会場を見渡した。

目の端で、ぐわん、と小さな影が揺れる。傍で女性が「あっ」という顔をした後、急いでその子を抱きかかえたが、時既に遅し。耳を穿つような振動が、ビリビリと鼓膜を揺らす。

式が始まり5分とちょっと。
来賓客の赤ん坊が、窮屈さに退屈したのか泣き始める。
つんざくような高音が、狭いホールのあちこちを、串刺しにしていた。
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