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第1式-神前の悪魔-

運転席にどかりと座った田上さんは、ミラーや座席の位置を直しながら「大里、ドア」と言った。
最初は何を言われているかわからなかったが、夫妻が困惑して車の隣で佇んでいるのに気付き、僕はようやく合点がいった。
「ど、どうぞ」
後部座席のドアを開けて、2人の方を見る。気の利いた言葉も正しいマナーもわからなかったが、やれと言われたからにはやらなくちゃいけない。それに、あの田上さんに急かされるよりは、僕が言った方が夫妻も乗りやすいだろう。現に、夫妻は顔を見合わせたが、僕が開けたドアから車内へと入っていった。
「会社の車なんでー、まあ、あんま綺麗に使おうとか気にしなくていーでごぜーますよ。あ、大里。てめーは俺の隣」
「は、はい!」
僕は急いで助手席に乗り込みシートベルトを締める。
「幼稚園の名前聞いてナビ付けといて」
そう言いながら田上さんは自身の体をペタペタ触り、何かを探していた。
「はい!」
僕は阿形さんから色々教えてもらいながら、なんとかナビに幼稚園の名前を登録し、地図を出すことに成功した。
「できました」
「そう」
おざなりに返事を返した田上さんを見ると、まだ自身の体を探っている。
「あの、どうかしたんですか」
「え?ああ。お前さぁ、なんか髪留めるもん持ってない?ゴム以外で」
首をこちらに向ける動作1つで、田上さんの長髪は鬱陶しいくらい大げさな動きをしていた。
「え、っと。これでいいなら」
僕は自分の使っていた髪留めを外して、田上さんに渡す。この人なら、たぶん今さっきまで使っていたからなどと、気にしたりはしないだろう。案の定田上さんは「サンキュー」とそれを受け取り、前髪をパチンと留めた。
長髪に隠れることが多かった顔の全貌が、ようやく露わになる。かといって何か変わったことがあるかといえばそうでもなく、今まで見えていた顔の部分から推測した通りの見目である。顔だけ見れば、可もなく不可もなく。いたって普通の人だ。顔だけ見れば。
「てめー、今ちょっと失礼なこと考えたろ」
ニヤッと笑った田上さんに、ドキリとする。
「え、いや」
「別に構わねーですよ〜」
何が面白かったのか、鼻歌でも歌いだしそうな程楽しげな田上さんは、サイドブレーキを上げ、車を発進させた。後ろの夫妻は動いた車に戦々恐々としている。僕もそうだ。田上さんがどんな破天荒な運転をするのか、わかったもんじゃない。無意識に、ギュッとシートベルトを握りしめて腹をくくる。

田上さんは、めちゃくちゃ上手い訳でもないが、意外と丁寧な運転をする人だった。
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