第1式-神前の悪魔-
「俺が欲しいのは〜。御涙頂戴のいい話じゃねぇんですよね〜」
机に額を擦り付けながら緩慢に起き上がった田上さんは、ジトリと山田夫妻を見た。山田さんは、すっかり田上さんのことが苦手になったらしい。田上さんの大変失礼な物言いに反射的に手が出そうになるものの、汚いものには触りたくないとでも言うように即座に手を引っ込めていた。
「まあ〜いいでごぜーましょう。無理を通そうと暴力に打って出るその加虐性を、評価してやろうじゃねーですか」
何故だかちょっとだけ機嫌が上昇した風の田上さんは、身を起こすと、またどっかりと椅子に座り、気怠げにすっと指を二本夫妻に向けた。
「確認でごぜーます。まず1つ目。阿形さんっつったな。あんた、再婚で間違いごぜーませんか」
田上さんは立てた二本の指のうち、人差し指を阿形さんに向けてクルクルと回す。
「へ」
そんなこと、教えてもらっていただろうか。バインダーに挟まれた紙をパラパラと捲る。少なくとも、申込書には書いてなかった。
「え、」
阿形さんは少し驚いた後、コクコクと頷いた。
「2つ目、子どもがいるでごぜーますな。しかもまだ小さい。あんた、幼稚園か保育園の時間を気にしてるんでごぜーましょ」
田上さんは自身の何も付いてない左手首を、トントンと叩いた。
「あ、はい、そうです。あの、幼稚園には4時に迎えに行かなきゃだめで…」
時刻はただいま3時過ぎ。成る程、幼稚園までの距離はわからないが、そろそろ切り上げなければならない時刻だ。
でも、阿形さんはそんなこと一言も言っていない。どうしてわかったのだろう。そして、田上さんがどうして今それを確認したのかも気になった。
「おっけー了解でごぜーます。以上を踏まえて聞くぞ。あんたらが、豪華で盛大な式をしたいのは、阿形さんの父親に喜んで貰いたいから、で間違いないでごぜーますか」
「さ、さっきからそう言ってんだろ!」
山田さんが田上さんを睨む。語調は粗いままだが、さすがに学習したのか手は出ないようだった。
「つまり、父親が喜べば、豪華で盛大じゃなくともいいんでごぜーますね」
田上さんは人差し指を阿形さんに向けたまま、山田さんに聞いた。
「あ、あぁ。でもそんなの」
「んじゃあ決まりでごぜーます」
立ち上がって伸びをした田上さんは、乱暴に足で椅子を机に戻す。そして、阿形さんを指していた手を上向きにし、人差し指をちっちっと上に動かした。
「おら、立つんだよ」
今のはどうやら立ち上がれ、という指示だったらしい。
慌てて椅子を入れた僕は、扉に向かって歩き出した田上さんの後を急いで追う。
「何ぼうっとしてんでごぜーますか。行くでごぜーますよ」
一瞬、動きのトロい僕に言っているのかと思った。しかし、扉を開けた田上さんは、僕のさらに後ろ、夫妻の方を見ている。
「は?」
山田さんは、意味がわからないといった顔をする。気持ちはわかる。僕も全くわからない。
「あの、私はお迎えがあるのでそろそろ」
阿形さんは、困ったように時計を見る。
「だからでごぜーます」
田上さんは、閉じかけたドアを片脚で行儀悪く止めながら言った。
「今からその幼稚園に、お迎えに行くんでごぜーますよ」
チャリ、と田上さんの手の中で、車のキーが鳴っていた。
机に額を擦り付けながら緩慢に起き上がった田上さんは、ジトリと山田夫妻を見た。山田さんは、すっかり田上さんのことが苦手になったらしい。田上さんの大変失礼な物言いに反射的に手が出そうになるものの、汚いものには触りたくないとでも言うように即座に手を引っ込めていた。
「まあ〜いいでごぜーましょう。無理を通そうと暴力に打って出るその加虐性を、評価してやろうじゃねーですか」
何故だかちょっとだけ機嫌が上昇した風の田上さんは、身を起こすと、またどっかりと椅子に座り、気怠げにすっと指を二本夫妻に向けた。
「確認でごぜーます。まず1つ目。阿形さんっつったな。あんた、再婚で間違いごぜーませんか」
田上さんは立てた二本の指のうち、人差し指を阿形さんに向けてクルクルと回す。
「へ」
そんなこと、教えてもらっていただろうか。バインダーに挟まれた紙をパラパラと捲る。少なくとも、申込書には書いてなかった。
「え、」
阿形さんは少し驚いた後、コクコクと頷いた。
「2つ目、子どもがいるでごぜーますな。しかもまだ小さい。あんた、幼稚園か保育園の時間を気にしてるんでごぜーましょ」
田上さんは自身の何も付いてない左手首を、トントンと叩いた。
「あ、はい、そうです。あの、幼稚園には4時に迎えに行かなきゃだめで…」
時刻はただいま3時過ぎ。成る程、幼稚園までの距離はわからないが、そろそろ切り上げなければならない時刻だ。
でも、阿形さんはそんなこと一言も言っていない。どうしてわかったのだろう。そして、田上さんがどうして今それを確認したのかも気になった。
「おっけー了解でごぜーます。以上を踏まえて聞くぞ。あんたらが、豪華で盛大な式をしたいのは、阿形さんの父親に喜んで貰いたいから、で間違いないでごぜーますか」
「さ、さっきからそう言ってんだろ!」
山田さんが田上さんを睨む。語調は粗いままだが、さすがに学習したのか手は出ないようだった。
「つまり、父親が喜べば、豪華で盛大じゃなくともいいんでごぜーますね」
田上さんは人差し指を阿形さんに向けたまま、山田さんに聞いた。
「あ、あぁ。でもそんなの」
「んじゃあ決まりでごぜーます」
立ち上がって伸びをした田上さんは、乱暴に足で椅子を机に戻す。そして、阿形さんを指していた手を上向きにし、人差し指をちっちっと上に動かした。
「おら、立つんだよ」
今のはどうやら立ち上がれ、という指示だったらしい。
慌てて椅子を入れた僕は、扉に向かって歩き出した田上さんの後を急いで追う。
「何ぼうっとしてんでごぜーますか。行くでごぜーますよ」
一瞬、動きのトロい僕に言っているのかと思った。しかし、扉を開けた田上さんは、僕のさらに後ろ、夫妻の方を見ている。
「は?」
山田さんは、意味がわからないといった顔をする。気持ちはわかる。僕も全くわからない。
「あの、私はお迎えがあるのでそろそろ」
阿形さんは、困ったように時計を見る。
「だからでごぜーます」
田上さんは、閉じかけたドアを片脚で行儀悪く止めながら言った。
「今からその幼稚園に、お迎えに行くんでごぜーますよ」
チャリ、と田上さんの手の中で、車のキーが鳴っていた。