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第1式-神前の悪魔-

「私の家は、父子家庭なんです」
阿形さんはパンフレットを見ながらボソボソと話し始めた。
「お母さんがいなくても不自由しないようにと、お父さんは私に色々してくれました。でも、私は、それでもお母さんがいないのが嫌で、お父さんにいつもひどい事を言っていました」
涙交じりの声に、思わず目頭が熱くなる。
「反抗期になってから今まで、まともにお父さんと喋れてません。昔から厳格だったお父さんから逃げるように家を出て、結婚しました」
山田さんは、微動だにしなかった。ただ、黙って阿形さんの話に耳を傾けている。
「親になって初めてわかりました。お父さんの厳しさは、私への優しさだったんだって」
こみ上げる何かを耐えるように、阿形さんは口を覆った。それを見て僕は、慌ててハンカチを差し出す。
阿形さんは僕の手からハンカチを受け取ると、何かの線が切れてしまったのか、ハンカチを額に押し付けたまま、泣き出してしまった。そんな阿形さんの背を、山田さんがさすって続ける。
「ほぼ絶縁状態だった裕子の親父さんを説得して、来週の日曜なんとかこっちに来てもらえるようにしたんだ。俺はただでさえ裕子より一回りも歳上で、親父さんからしたら、幸せにできんのかよって、疑わしくて仕方ねーのよ」
山田さんは、僕に向かって頭を下げた。
「なあ頼む!ローンでもなんでもいいんだ。なんとか今ある15万で、来週日曜に結婚式をさせてくれ!親父さんが納得するくらい、豪華で盛大なのを!!」
山田さんが勢いよく頭を下げたのを見て、ゆっくりと阿形さんも頭を下げた。
「え、あの、その」
涙で眼鏡が曇り始めていた僕は、困って田上さんのいる方を見た。助けてあげたい気持ちは山々だ。しかし、僕には代金をまける権利も、オプションをおまけする力もないのだ。それどころか、この仕事をするのは今日が初めてで、ノウハウなんてあったもんじゃない。どうしてあんな大きな口を叩いてしまったのだろう。
僕が後悔の念に苛まれ始めたところで、田上さんの頬杖は崩れ、ゆっくりと机に頭がずり落ちた。
「え」
まるで溶けたチーズのように、田上さんの長い髪が机を侵食する。
「……なぁんか、冷めちまったでごぜーますなぁ」
大変やる気のない声が部屋に響く。
「はぁ?」

僕がこんな声を出したのは、本当に人生で今日が初めてだった。
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