甘々な五伊地

 嫌なことというのは重なるもので、深夜におよぶ残業となった本日、伊地知は突然の上層部の訪問の対応に苦心することとなった。
 五条のことを快く思わない、彼の言葉を借りて言えば『腐ったミカン』との会話は弾丸のように繰り出される嫌味と当てこすりをひたすら当たり障りなくかわすという途方もないストレスと疲労を生む生産性のないものだったが、それだけならばこうもクタクタにはならなかっただろう。
 五条のことを悪く言われるのは、たとえ五条本人が気にしなくとも恋人である伊地知には辛かった。
 補助監督という立場上くちごたえできないこともストレスに拍車をかける。
 傍若無人な言動が目立つ五条だが、本来の彼は極めて勤勉であり優しいことを伊地知は知っている。でなければ、五条はとうに呪術界を見限っているに違いないのだから。
 くたびれながら自宅マンションへと帰り着いた伊地知は、ドアを開けるなり四つん這いになった五条と遭遇した。
「にゃーん♡」
 猫耳カチューシャを頭に乗せた五条は、伸びやかに上半身を持ち上げると顔の横で手を丸めて見せる。
「……」
 素早く後ろへ下がり、伊地知はドアを閉めて廊下に出た。
 ──なに、今の?
 疲労のあまり幻覚を見たのだろうか。
 気を取り直して、伊地知は再びドアノブに手を掛ける。
 おそるおそるドアを開くと、そこには猫耳カチューシャつけてにゃん♡とポーズをキメる五条がいた。
「幻覚じゃなかった!」
「なんだよー、ノリが悪いじゃん。可愛くない?ほら、ニャー♡」
「可愛いですけど」
 髪と揃いの色の猫耳は違和感なく五条の頭を飾っている。
 可愛いか可愛くないかと問われれば間違いなく可愛いと言えるだろう。
 だが、猫耳をつけて本気でかわい子ぶる二十八歳と考えるとちょっと怖い。
「今日ってさ、にゃんにゃんにゃんで猫の日なんだって~!」
「ああ、それで……」
 伊地知は頷いたが、内心は疑問符でいっぱいである。
 猫の日だから何だというのだ。
「お疲れの伊地知を癒してあげようと思って♡ほら、おいで!ごはん作ってあるよ。てか、もう遅いけど食べれる?」
 立ちあがった五条は、強引に伊地知の手を取った。
「食べられます。でも……」
「うん」
「ごはんより先に癒してもらいたいかも…?」
 引きずられるみたいに歩きながら、伊地知は五条の腕につかまって呟いた。
 なにしろ今日の伊地知はくたくたに疲れているのだ。
「いいよ」
 機嫌よく微笑んだ五条は、ひょいと伊地知を抱き上げてリビングへ運んだ。
 ソファーにそっとおろされたと思ったら、膝の上にごろんと五条が転がり込んでくる。
「ほら、僕のこと撫でていいよ」
 ふ、と疲れた顔に笑みを浮かべて、伊地知は五条の髪に触れた。
「五条さんの髪、サラサラできれいですね」
「恋人に褒めて欲しくてお手入れ頑張ってんの♡」
「手触りが気持ちいいです」
「癒される?」
 伊地知の太腿に頬を擦りつけるようにくっついて、五条が問う。その気持ちだけで、伊地知は深く満たされた。
 愛する人が、自分を大切に思ってくれている。
「……キス、してくれたらもっと癒されるかも」
 だから調子に乗って、伊地知は普段なら絶対に口にしないことを言ってしまった。
「いいよ」
 伸び上がった五条が、至近距離から伊地知の目を覗く。
 うつくしい青い目に見蕩れていると、ペロリと唇を舐められた。
「くち、開けて伊地知」
 膝の上に跨がった五条が、両手で伊地知の頬を包み込む。呼吸すら奪われそうな深いくちづけを寄越されて、伊地知は五条の背にしがみつく。
「っふ、ごじ…ぉさ、もっと」
 自分でも何を欲しがっているのかよくわからぬままに、伊地知は懸命に五条の舌を貪った。
「ふふ、猫ちゃんは伊地知のほうだったかな」
 からかうように笑った五条が、猫耳を伊地知の頭に付け替える。
「似合うよ、伊地知♡にゃあって言ってみな」
「……にゃー」
 猫耳をつけて猫の真似をするだなんて、伊地知にとっては愛を伝えるより恥ずかしかった。
 だが困ったことに、恥ずかしいのも五条の前では決して苦にならない。
「かわい…♡」
「ほんとですか?」
「嘘ついてどうすんだよ」
「じゃあ、もっと可愛がってください。いっぱいキスして」
 触れるだけのくちづけを贈りながら、伊地知は膝の上の五条をソファーに押し倒した。
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