甘々な五伊地

「こんな寒い日にわざわざ行列に並ばなくても……」
 店の入口から建物の周囲をぐるりと取り巻く列の最後尾で、伊地知がぼやくように言った。
「寒いなら手、貸して。僕があっためてやるから」
 強引に伊地知の手を取り、五条は彼の手ごと自分のポケットに手を入れた。
「なんでって、行列に並べばその分長くお前と居られるだろ?」
「もう。そんなこと言われたら待つしかないじゃないですか……」
 ほんのりと頬をピンクに染め、伊地知はぶつかるように五条に身を寄せてきた。

「私、スープカレーってはじめて食べます」
 白米をすくったスプーンで一緒にスープをすくいながら、伊地知はほんのりと微笑んだ。
「大丈夫?辛すぎない?」
 誘っておいて今更だが、伊地知は辛い食べ物が得意ではないのだ。伊地知はこくん、と口に含んだカレーを飲み込むと頷く。
「はい。ごはんと一緒にいただくとちょうどいいです。スパイシーでおいしいですね」
 安心して、五条は自分の皿に盛られた骨付きの肉にスプーンを突き立てた。よく煮込まれているためか柔らかくほろりと肉がほぐれる。
 口にいれると柔らかくジューシーで、スパイスの香りが肉の旨味を引き立てており、行列ができるのも頷ける美味しさである。
「そうだね、普通のカレーよりスパイスの風味が強い」
「五条さん、私のエビも召し上がりません?」
 ふと、五条の手許を見ていた伊地知が言った。
 五条が食べるのを見て、羨ましくなったに違いない。
 悪戯っぽく笑って見せて、五条は肉をスプーンですくうと伊地知の口許に運んでやった。
「いいよ。ほら、お前はお肉を食べな」
 ほとんど抵抗なく、伊地知ははむっとスプーンを口に含む。
「お肉も美味しいです。五条さんも、あーん」
「あーん♡」
 伊地知が照れずにあーんしてくれるようになるなんて、自分たちの関係もずいぶん深まったものだと思うと感慨深い。
「伊地知にあーんしてもらうと余計に美味しいな♡」
「もう、五条さんたら……♡」

「はーっ、お腹いっぱい。デザートのブルーベリーアイスも美味しかったね」
「はい。行列に並んだ甲斐はありましたね」
 手をつないで、すっかり日も暮れた街を歩く。
 クリスマスももうすぐなので、街に出たついでに買い物でもして帰ろうと五条が誘ったのだ。
 どうせ同じ家に帰るのだから、デートの続きは家でもできるとはいえ、クリスマスイルミネーションの街を歩いてロマンチックなムードを作るのも刺激にはなるだろう。
 ──マンネリ防止ともいうけど。
「でも、お店のカレーも美味しいですけど、かえっておうちのカレーが恋しくなったりしません?」
「それはそうかも」
 五条の実家は夕飯にカレーが出てくるような家庭ではなかったから、伊地知が作ってくれるカレーが自分にとってのおうちのカレーである。
「たくさん作っておいて、残りを次の日にお出汁でのばしてカレーうどんにして……」
 スマホを取り出した伊地知は、カレンダーの確認をはじめる。翌日のことを考えると、二日間連続で家で夕飯を食べられる日でないと都合が悪いということなのだろう。ふたり揃って、となると案外タイミングは限られる。
「こことか、どう?」
 横からスマホを覗き込んだ五条は、良さそうな日を指で指した。その拍子に、十二月のカレンダーに♡の印があるのが目に入る。七日。五条の誕生日である。
 言葉にはせずハートマークだけというのがいじらしい。
「たしかにその日なら。何カレーにしましょう。今日のカレーはとってもスパイシーでしたから、和風なのとかどうですか?」
 スマホをしまって、伊地知は楽しそうに話し始める。
 だが、その言葉は五条にはほとんど聞こえていなかった。内なる衝動を抑えようと集中していたせいだ。だが、努力も虚しく五条は伊地知をめいっぱい抱きしめた。 
「五条さん、急にどうしました?」
 きょとんとして、伊地知が五条の背をポンポンと軽く叩く。
「ごめん。愛が溢れて」
「なら仕方ないですね」
 苦笑した伊地知は、ぎゅうと五条を抱き返して囁いた。

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