付き合ってない五伊地
ひとり暮らしのつらいところは、体調を崩しても誰も世話をしてくれる人がないということだ。
熱のせいでぼうっとする頭で考えながら、伊地知は寝返りを打った。気管支が炎症を起こしているのか、息苦しいし咳が止まらないせいで眠りにつくこともままならない。
朝から体のだるさを感じていたが、昼を過ぎた頃には若干の熱感と喉の痛みを生じ、大事をとって早退することにしたのだったが、熱はいよいよ高くなり声も嗄れてしまっていた。
外はもう暗くなっているようだが、今何時だろうか。
カチカチと時計が秒針を刻む音がやけに大きく聞こえる。静けさがひとりきりであることを突きつけてくるようで酷く心細い。
ふとんにくるまって膝を抱えていると、部屋のドアが開く音がした。
──五条さん?
この部屋の合鍵を持っているのはひとりだけだ。
高専ではできない話をするために五条がこの部屋を使うことがあるので、合鍵を預けているのだ。
「伊地知~!風邪引いたんだって~?」
はたして五条がひょこりと寝室の入口から顔を覗かせた。
「ごじょ……さ…」
五条が姿を現すと同時に、部屋を満たしていた静けさがきれいに流れ去る。室温さえ温かくなった気がして、安堵のあまり伊地知の目が潤んだ。
「ははっ、ひっどい声だね~!いいから寝てな?薬は飲んだの?」
五条の指が、ちいさく頷いた伊地知の額に触れる。
いつも温かな五条の指が、今日はひんやりとしていた。
「だいぶ高いね。寒くない?」
「だいじょ…ぶです」
丸めていた体をのばすと、ふとんが乱れて肩が出てしまう。さりげなく五条はそれををなおして、伊地知の頭を軽く撫でた。
「ちょっと冷やそうか。あ、その前に何か食べな。プリンとヨーグルトどっちがいい?アイスもあるけど」
「じゃあ、プリンで……」
「オッケー。じゃ、これね。あと、お水とスポドリも置いとくから適宜水分補給するように。残りは冷蔵庫入れとくから後で食べて」
持参した袋から次々に品物を取り出してサイドテーブルに並べると、五条はキッチンへと向かっていった。
ゆっくりと体をおこし、伊地知はプリンを手に取る。
パッケージにはとろっとなめらかという文字が躍っていて、五条が伊地知の喉に配慮してくれたのだとわかった。
まさか五条が来てくれるとは思わなかった。
──半分、嘘だ。
本当は期待していた。だから部屋の鍵を掛けるときにチェーンは掛けなかったのだ。
「甘い……」
プリンを口に入れ、伊地知は小さく呟いた。
とろりと胃の腑に落ちるのを感じると、急にお腹が空いてきて、伊地知はあっという間にプリンを平らげる。
ベッドサイドに置いていってもらったペットボトルの水を飲んでいると、タオルを持った五条が帰ってきた。
「おっ、完食?えらいえらい」
こどもにするように頭を撫でて、五条は伊地知を再び寝かしつける。
「はいよ、氷枕だと冷た過ぎるでしょ」
濡れたタオルが額に押し当てられ、五条が優しく笑っているのが見えた。実際にはアイマスクをつけたままなので、表情なんてわからないはずなのに。
「気持ちいいです……」
「うん。じゃ、ごはん作るからしばらく寝てろ。なんかあったら遠慮なく呼んで」
「はい」
頷いた伊地知はひどく安心して目を閉じた。
ひとりでは眠りにつくのがあんなに難しかったのに、家の中に五条の気配があるというだけで眠気が簡単に訪れる。
守られていると感じることで、これほど心は軽くなるのだ。
「五条さん、すみません。……来てくれてありがとうございます」
五条が作ってくれた煮込みうどんを食べた後で、伊地知は丁寧に頭をさげた。
時刻はとうに十時をまわっている。
明日も仕事なのに、こんな時間まで五条に世話を焼かせてしまった罪悪感と優越感が綯い交ぜになった複雑な気持ちで、胸がいっぱいだ。
「いいってことよ。それに、こんな時に使わないでいつ使うのさ」
軽く笑った五条は、ポケットから合鍵を取り出してチャリッと鳴らして見せた。
「じゃあ僕は帰るから」
「……え?」
心細さが顔に出てしまったのだろう。
背を向けかけた五条は、途中で止まってポケットに鍵をしまった。
「……やっぱ面倒くさくなっちゃった。もう遅いし、今日は泊まってこうかな」
「……そうしていただけると心強いです」
熱のせいでぼうっとする頭で考えながら、伊地知は寝返りを打った。気管支が炎症を起こしているのか、息苦しいし咳が止まらないせいで眠りにつくこともままならない。
朝から体のだるさを感じていたが、昼を過ぎた頃には若干の熱感と喉の痛みを生じ、大事をとって早退することにしたのだったが、熱はいよいよ高くなり声も嗄れてしまっていた。
外はもう暗くなっているようだが、今何時だろうか。
カチカチと時計が秒針を刻む音がやけに大きく聞こえる。静けさがひとりきりであることを突きつけてくるようで酷く心細い。
ふとんにくるまって膝を抱えていると、部屋のドアが開く音がした。
──五条さん?
この部屋の合鍵を持っているのはひとりだけだ。
高専ではできない話をするために五条がこの部屋を使うことがあるので、合鍵を預けているのだ。
「伊地知~!風邪引いたんだって~?」
はたして五条がひょこりと寝室の入口から顔を覗かせた。
「ごじょ……さ…」
五条が姿を現すと同時に、部屋を満たしていた静けさがきれいに流れ去る。室温さえ温かくなった気がして、安堵のあまり伊地知の目が潤んだ。
「ははっ、ひっどい声だね~!いいから寝てな?薬は飲んだの?」
五条の指が、ちいさく頷いた伊地知の額に触れる。
いつも温かな五条の指が、今日はひんやりとしていた。
「だいぶ高いね。寒くない?」
「だいじょ…ぶです」
丸めていた体をのばすと、ふとんが乱れて肩が出てしまう。さりげなく五条はそれををなおして、伊地知の頭を軽く撫でた。
「ちょっと冷やそうか。あ、その前に何か食べな。プリンとヨーグルトどっちがいい?アイスもあるけど」
「じゃあ、プリンで……」
「オッケー。じゃ、これね。あと、お水とスポドリも置いとくから適宜水分補給するように。残りは冷蔵庫入れとくから後で食べて」
持参した袋から次々に品物を取り出してサイドテーブルに並べると、五条はキッチンへと向かっていった。
ゆっくりと体をおこし、伊地知はプリンを手に取る。
パッケージにはとろっとなめらかという文字が躍っていて、五条が伊地知の喉に配慮してくれたのだとわかった。
まさか五条が来てくれるとは思わなかった。
──半分、嘘だ。
本当は期待していた。だから部屋の鍵を掛けるときにチェーンは掛けなかったのだ。
「甘い……」
プリンを口に入れ、伊地知は小さく呟いた。
とろりと胃の腑に落ちるのを感じると、急にお腹が空いてきて、伊地知はあっという間にプリンを平らげる。
ベッドサイドに置いていってもらったペットボトルの水を飲んでいると、タオルを持った五条が帰ってきた。
「おっ、完食?えらいえらい」
こどもにするように頭を撫でて、五条は伊地知を再び寝かしつける。
「はいよ、氷枕だと冷た過ぎるでしょ」
濡れたタオルが額に押し当てられ、五条が優しく笑っているのが見えた。実際にはアイマスクをつけたままなので、表情なんてわからないはずなのに。
「気持ちいいです……」
「うん。じゃ、ごはん作るからしばらく寝てろ。なんかあったら遠慮なく呼んで」
「はい」
頷いた伊地知はひどく安心して目を閉じた。
ひとりでは眠りにつくのがあんなに難しかったのに、家の中に五条の気配があるというだけで眠気が簡単に訪れる。
守られていると感じることで、これほど心は軽くなるのだ。
「五条さん、すみません。……来てくれてありがとうございます」
五条が作ってくれた煮込みうどんを食べた後で、伊地知は丁寧に頭をさげた。
時刻はとうに十時をまわっている。
明日も仕事なのに、こんな時間まで五条に世話を焼かせてしまった罪悪感と優越感が綯い交ぜになった複雑な気持ちで、胸がいっぱいだ。
「いいってことよ。それに、こんな時に使わないでいつ使うのさ」
軽く笑った五条は、ポケットから合鍵を取り出してチャリッと鳴らして見せた。
「じゃあ僕は帰るから」
「……え?」
心細さが顔に出てしまったのだろう。
背を向けかけた五条は、途中で止まってポケットに鍵をしまった。
「……やっぱ面倒くさくなっちゃった。もう遅いし、今日は泊まってこうかな」
「……そうしていただけると心強いです」