付き合ってない五伊地

 クッキーにキャンディ、チョコレートにマシュマロ、たくさんのお菓子を詰め込んだ袋を持って五条は伊地知が運転席に座る車の助手席に乗り込んだ。
 カボチャ頭のオバケが描かれた大きな袋はハロウィンの残骸である。
 楽しくお菓子を交換しあう生徒達に混じって、五条の手にもたくさんのお菓子が残った。
 ありがたくいただこうと本日のおやつに持参しているのである。
「遠足みたいですね」
 ぎっしりとお菓子の詰まった袋を目にした伊地知は、そんなことを言ってほんのりと笑う。
「今日は長時間のドライブになりますから、ちょうどいいんじゃないですか」
 朝晩は冷えるようになってきたが、今日はよく晴れてぽかぽかと温かい。
 伊地知は丁寧な所作で車を発進させた。ほとんど揺れもない車内で、五条はのんびりと体をのばす。
 だらけていてもどうせ見ているのは伊地知ひとりだと思うと、気持ちはゆるゆるとほどけていった。
「ドライブ日和だね~」
「行き先が呪霊の巣窟でなければもっとよかったんですけどね」
「それを言ったら台無しじゃん」
 苦笑した五条の目に、ふとハンドルを握る伊地知の手首が映る。
 こんなに華奢だったろうか。
「お前ちゃんとごはん食べてる?」
 思わず訊ねると、伊地知は困ったように眉を下げた。
「それ、最近よく訊かれるんですよね。ちゃんといただいてますよ」
「にしちゃ痩せてない?」
 きれいに骨のかたちがわかる手首を眺めていたら何故かお腹が空いてきた気がして、五条はさっそくお菓子の袋に手を入れる。
 あ、マドレーヌ発見。
 伊地知は呆れたような視線をほんの一瞬五条に向けた。
「引き締まったって言ってもらえません…?」
「やつれてるんじゃなくて?」
「もし仮にやつれているんだとして、その原因のストレスを作っている人に言われたくないんですけど」
「は?」
 どすをきかせた声を落とし、五条は封を切ったばかりのマドレーヌを伊地知の口に無理やり押し込んだ。
「可愛くないことを言う口は塞いでやる」
「むぐっ」
 ほっぺたを膨らませながら伊地知はそれをゆっくりと咀嚼し、ごくんと音を立てて飲み込む。
「おいしい。こんな勿体ない食べ方でなければもっとよかったのに」
「じゃあもういっこ食べる~?」
「いえ、遠慮しておきます。喉を詰まらせたら洒落にならないので。どうぞ、お菓子は五条さんが召し上がってください。私はもう黙りますので」
「お前も言うようにねったよねえ」
 深い感慨を抱きながら、五条はたまたま手に触れた菓子をろくに見もしないで口に入れた。
 ──しょっぱい。
「そういえば出会ってからもう十年も経つんだっけ」
 ひょろひょろと頼りなかった少年が、今や生徒達に絶大な信頼を寄せられる補助監督になっているのだ。
 五条の期待に応え、それどころか期待以上の働きを見せる伊地知は、もはや自分にとってなくてはならない存在といえた。
 悔しいので教えてやらないけれど。
 感謝にも似た感慨を持て余した五条は再び食いかけの菓子を伊地知の口に突っ込んだのだった。
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